随分遠くまで行ってきた気がする

見えるのは今まで見たこともない景色ばかりで
聞こえてくるのは知らない声と言葉





私はようやくこの学び舎に帰った



・・・ようやく?




その言い方はまるでこの場所に私が帰りたがっていたかのような響きだ


それを否定しようとは思わない。たしかに私は望んでいた。


しかしわからない。何がそうさせていたのだ。












3.薄暮の月










2年ぶりのホグワーツは少し広く感じられた。
学生の姿が少ないからだろう。そうでなければ私の体が縮んでしまったに違いない。

ダークロード゙失脚による混乱の第一波は主要メンバーのアズカバン投獄によって収まったが、魔法省は全ての死喰い人とその協力者を捕らえようとしていた。
そのため、一時は静寂を取り戻した魔法界は再び混乱の渦に突き落とされた。誰某が死喰い人と話しているのを見たとか、体に髑髏の刺青をしているのを見た、といった通報で連行されていく魔法使い達。
その光景はまるで中世マグル界の魔女狩りのようだ。実際にこの目で見たことはないが。
連行された魔法使い達の中にはここの学生達、主にスリザリンだが、の親族も含まれておりホグワーツは休校状態だ。


左腕に髑髏のある私はダンブルドアのスパイとしてリークした情報の重要性や他ならぬダンブルドアという後ろ盾のお陰で有罪を辛くも逃れたが、まだ監視する必要があるという魔法省の言い分で私はダンブルドアにその身元を預けられた。
無罪が確定した際にあの片目の闇祓いが見せた表情がたまらなく可笑しかったことだけは覚えているが、実は法廷での出来事やその前の尋問―それも片目の闇祓いがしたらしい―で自分が何を答えたか、何を質問されたかあまり覚えていないのだった。




思い出すのが億劫だが今のところ問題はない

もう何も見たくはないし、考えたくない。




要監視対象のためホグワーツの限られた範囲でしか行動できず、薬はおろか薬草をいじることも許されなかった私にできることといえば読書くらいしかなかった。
しかし図書室に行くこともできなかったため、わざわざミネルバや学生時代に散々世話になったマダム・ピンズそれにフィルチに宛がわれている自室へと本を運んでもらうことになった。
最初の2日くらいは時間の認識を持って生活していたが本を読むこと以外は食事と眠ることしかないという状況は私から時間という概念を奪うには十分すぎるほどのものだった。

あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
部屋に本を運んできてくれるミネルバ達と交わす言葉はよく言えば気遣いに満ちたもので悪く言えば腫れ物に触るようなものだった。
彼女達は私が数年間のダブルスパイや魔法省の尋問と裁判で神経が衰弱していると思っているようだ。確かに疲れはまだ癒えていないがそれは肉体的なものでありすぐに回復しそうだ。ここでは体力を消耗するようなことはできない。今、私にとって問題なのは長期間、何もできない状態に晒されていることからくる虚無ともいえる空白感だ。


これから私はどうなるのだろうか?
とりあえず、この状況から抜け出したい。

これでは隔離病棟にいる結核患者だと3日前に読んだ陳腐な恋愛小説を思い出した。
恋愛小説というものを初めて読んだが特に何の感銘も感動も受けずに読了した。その本は自分から頼んで持ってきてもらったものなのだが、一体どこで、誰から本に関する情報を手に入れたのかが思い出せない。

学生時代に人から薦められたのは覚えている。
あれは誰だったか

たしか―

頭に掛かった磨硝子のような不透明感が少し解消されようとした時、ドアを叩く音がした。

「どうぞ」

思考が中断された苛立ちを隠しながら入るように促した。ところがノックをした人間は入ってこようとしない。頼んだ本はドアを開けられないほどの冊数ではない。何をしているのだろう。

ドアを開けた先に立っていた人間は抱えていただろう本を落としたが礼儀は落とさなかったようで引きつりながらも私に挨拶を寄越した。


「ひ、ひさしぶりだね。セブルス」

「しばらく見なかったな。ルーピン」


彼は最後に目にした学生時代から比べると随分容姿が変わっていた。
学生の時も痩せていたが今は痩せ方が酷い。鳶色の髪もくすんでいて、毛並みがよくない。毛並み?そうだ、こいつは人狼だった。


「ダンブルドアにこれを届けるように頼まれたんだけれど、まさか届け先が君とは知らなかったよ」

「ふん、誰に届けるか聞かないで依頼を受けるとはとんだ間抜けもいたものだ」

「色々あったけど、元気そうだね」

「随分、休養したからな。そろそろ就職先を探したいのだが、当分は魔法省に付き合わなければならないらしい。退屈で仕方がない」

「それで、読書というわけかい?君は学生時代、本の虫だったからね」

そうだと頷いた後、ルーピンがなぜここにいるのか気に掛かった。


「どうしてここにいる?」

「私も休養ということかな」

言葉を濁すルーピンにそれ以上追及する気はない。

「ということはおまえも暇だな。茶くらい出してやる」

空白の時間は私に人をティータイムに誘うということまでさせてしまった。
ルーピンも驚いたようだがあまりそれを表に出さず、では頂戴しようかと言って部屋に入ってきた。

すでに水は沸かしてあったのでテーブルに置いたポットに注ぐと安っぽいダージリンの香りがした。食にはあまり興味がない私が唯一注意を払っているのが紅茶だ。この部屋に常備されている茶葉はどれも私の眼がねに適うものではなかった。

「紅茶を一から入れてもらうなんて久しぶりだ」

嬉しそうに言ったルーピンがローブを脱いだ時、ポケットから何かが落ちた。



癖の強いダークブラウンの髪だ

どこかで見たことがある。

それは―の



「どうしてそんなものを持っている」


「わからない。ありきたりかもしれないけどジェームズがこの世に存在していたということを形に残しておきたかったんだと思う。
彼の息子は残されたけど彼はジェームズじゃない。
いつか会うときに彼をジェームズの思い出と重ねて見たくなかったんだ。だからこういう形式をとった。
おかしいね、両親が死んだ時すら僕は彼らの存在の証を形で残そうとはしなかったのに」



―ジェームズがこの世に存在していたということを形に残しておきたかったんだと思う―


この男は一体何を言っているのだろう?


ポッターが死んだ?


私が口を挟まないのをいいことにルーピンはまだ喋っているが、まったく聞こえない。

そうして喋り終えたルーピンに私はようやく言った。


「どうしてそんなことを言うんだ。ポッターが死んだなどと世迷いごとを言うのもいい加減にしてくれ」

怒りすら生じない、私にあるのは困惑だけだ。
言われたルーピンの瞳は信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
信じられないのはこちらのほうだ。
だが、何か引っかかる。
あの日、ダークロードが倒れた報せを正式にダンブルドアから受けた時、同時に彼は言わなかったか。



―セブルス。どう言えばおまえさんを傷つけずに済むかわしにはわからん。じゃから事実だけを言おう―


―***が***だ―




視界がぼやけて、ルーピンの顔が霞んでいく。まるで黄昏に浮かぶ月のように。



確かに生き抜く約束はしなかった。
でも彼は生き続ける。最悪、たとえ自分が死んでも。
そうなるように行動したつもりだ。

長いこと左腕に在った死喰い人の印が灼けたのを見て私はダークロードが倒れたと確信し、安堵した。
私は生きている。
ということはジェームズも生きている。


それなのに


おまえと会えないのはなぜなのだろう?


おまえだったら目を盗んで近況報告くらいしてくるはずなのに。
直接会うのがだめならば手紙くらい寄越してくるはずなのに。








「もうジェームズとは会えないんだよ」


声が聞こえて、目を開けるとルーピンが椅子に座って居た。

どうやら僕は眠っていたらしい。

なぜ彼がここにいるのだろうか。
5年次のあの事件以来、彼は自分を避けていたはずだ。
それとも、あの事件が起こる前によくしていたように僕とポッター、ブラックの仲裁をしようというのか。
たしかに卒業したら、もう会わないだろう。僕は死喰い人の一員としてイギリスを出て行く。

ポッターは


「判っている。エヴァンスと結婚するんだろう」

そんなことはホグワーツ中の誰もが知っていることだ、そんなに僕が人々の噂に疎いと思ったのか、ルーピン?
と続けようとしたが声に出すことができなかった。

ルーピンが見たこともないくらい驚いた顔をしていたから、言葉を続けられなかった。

僕がまともに彼と口を利いたのに驚いたのだろうか。


自分から話しかけたくせに全く元監督生からしてこうなのだからグリフィンドールは


おまえの寮の人間は相変わらず礼儀がなっていないと







あとでジェームズに言ってやる。













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*)2話のあとがきで「次のタイトルは天体関係ではない」と言いましたが予定変更です。
本来1話分のものを2話に分けました。
薄暮というのは薄明かりの残る夕暮れのことです。
内容についての言い訳は完結してからたっぷりしたいと思います。とりあえず、あと2話でおしまいです。



次回予告→タイトルのみ「屍泥棒」