一日にたった5本しか走らない寂びれた駅のホームに背の高い痩せた男が立っていた。


「向こうにはダンブルドアから事情が伝わっているはずだ。ほとぼりが冷めるまで隠れていれば安全だよ」
男はすでに列車に乗り込んでいる客に言った。どうやらこの男は見送りらしい。

「あぁ、感謝する。レムス」

「感謝するのは私の方だよ」

プラットホームのベルがけたたましく鳴った

「時間だな。では」

ドアが閉まり、のろのろと列車は動き出した。


『無事で』


 最終列車が去ったホームに残されたのはレムスと呼ばれた男だけで、列車の風のせいか束ねてあった髪がほどけて遊ばれていた。








1.沈む太陽





「やれやれ」

男は髪に絡まっていた紐をとってその鳶色の髪にくくりつけながら駅を出てそのまま自宅に向かった。




リーマス・J・ルーピンは現在、祖国イギリスから遠く離れた場所にいる。


 彼はホグワーツ卒業後からダンブルドアの組織の一員として活動を続けている。
主な任務は単独行動の人狼達と連絡を取り合い、敵対するヴォルデモード側につかないよう説得したりすでにヴォルデモード側についている人狼の説得もしくは抹殺することであった。
また、彼はその活動を通してあちら側に参加している闇の生物の実態を把握しようとしていた。

 彼がこの仕事を始めてから1年と2ヶ月が今日で過ぎようとしていた。説得が成功するのは5回に1回くらいで、あちら側についた人狼たちが寝返ることはほとんどなくリーマスの説得は徒労に終わる。そうして説得に応じなかった同類たちの呪詛だけが彼の裡に溜まっていき、膿んでいく。


「魔法省の人間たちが我々人狼にしてきたことを私はゆるすことはできない。私の人狼化を隠していた母は村の人間に嬲り殺され、父に殺されかけた私は満月の夜、この牙で父の首を噛み千切って逃げた」

「一度噛まれてみればいい、そうすれば我々の苦悩を、満ちていく月への恐怖を、狼化したときの狂おしいまでの血への渇望を、そしてそれを抑えなくてはならない痛みを、やつらは理解できるだろう」

そして最後に皆口を揃えて言う

「あの方なら我々の権利を保証してくださるだろう」

リーマスは彼らに言う

「一体どこにそんな保証がある?闇の陣営と言っているが正確に表現するなら純血の陣営ではないか。同じ人間であるマグルや混血を標的にしているのだ。私達の権利など論外だ。彼らが魔法界を支配したら人狼や他の闇の生物たちは真っ先に切り捨てられる」

 冷静になってみればわかるはずのことなのに、とリーマスは思うのだが一度闇の陣営についた彼らがリーマスの言葉を受け入れることはほとんどない。


 今回はうまくいったほうだった。
列車に乗った先程の彼はイギリスにあるダンブルドア陣営のコミュニティで保護される予定だ。


 リーマスは自分以外の人狼と会ったことがほとんどなかった。それでも自分は人狼の中ではかなり幸せな人生を歩んできたのだろうことはわかっていた。
もしホグワーツに通っていなければ今頃あちらの陣営に組していたかもしれない。


 いや、訂正しよう。
ホグワーツに行って彼らに逢っていなければ、だ。


リーマスにとって『ホグワーツ』という言葉はそのまま彼らと過ごした7年間を指す


 そう思うほどにリーマスにとって親友達とともに過ごした7年間は強烈な輝きを放っていた。彼らと会わなくなってどれくらいが経っただろう。
リーマスは親友達を思い出すときは必ずいつも肌身離さず持っているアルバムを開くようにしている。たくさんの写真たちがどれも楽しげに笑っている。それらを見ると心に溜まった膿がなくなるような気がするのだ。


実際はそんなことはなく幸せだった過去にすがりつく自分に後で嫌悪することになるのだが。


 自宅として使っているアパルトマンに帰ると彼はさっそく机の引き出しからアルバムを取り出して開いた。アルバムの写真の多くは卒業式に撮られたもので、ページを捲っていくとそれぞれに終わりの無い宴が繰り広げられていた。

 にぎやかなそれらの中でただひとつ静寂を保った写真がある。それは被写体が当たり前のように動く魔法界のものではなくマグルの写真だからであるが、そこに写っている人物の持つ雰囲気がそうさせているという方が正しいのかもしれない。
 写真の人物は親友達と違って楽しい思いばかりを思い出させる人ではないのだがそれでも彼はその写真を持ち続けていた。

 リーマスはアルバムから数枚の写真を取り出し、その中の一つを杖でたたいた。
そうするとみるみるうちに写真の情景が大きくなり、リーマスの目の前にホグワーツの校庭と親友達と談笑する自分が現れた。写真を撮ったのが夕暮れ時であったので部屋中が朱に染まった。

しばらく写真の中の世界を見つめながら学生時代を思い返していると、リーマスは学生時代の恩師であり今では上司でもあるダンブルドアからの定期連絡の時間が迫っていることに気づいた。

暖炉に火を点けるとすぐにダンブルドアが現れたのだがリーマスはなぜか嫌な予感がした。
この偉大なる魔法使いの顔が記憶にあるよりも随分と老け、疲れているように見えるのは沈みかけた太陽の光のせいなのだと思いたい。



恩師はその瞳に深い悲しみを湛えてそれでもはっきりとリーマスにあることを告げた。



老魔法使いの言葉にリーマスは動揺を隠し切れなかった。


 リーマスの指が、手が、腕が震えついに全身が震えだした。
振動がテーブルに伝わりたくさんの写真の中で一枚だけ伏せておいた写真が落ちた。





写真の中の動くはずのない"彼≠ェリーマスを見つめていた。







 先程、写真に掛けた魔法の効果はまだ続いており、学生時代の自分と彼らが夕焼けの中、無邪気にじゃれ合っている。




リーマスはしばらく呆けたようにその情景を見つめていた。









同じ夕暮れなのに、どうして先程まで見ていたものよりこの緋は濃いのだろう













ここがホグワーツではないからだろうか


それとも自分がもうそこには戻れないからだろうか





















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*)まだサイト開設当初からの連載が終わっていないにもかかわらず連載を増やしてしまいました・・・。
写真の中の「彼」はうちのサイトの傾向をごらんになればすぐにわかるかと思います。

3,4話で完結の予定です。
一応こちらは全話下書きが書けていますのでなるべく早く終わらせられると思います。


(11/11/2004)