鉄槌を委ねられし者たち






[00.第3者的存在の回想]

 規模の大小に関わらず襲撃の際は、大抵一番隊が斬りこみをする。といっても、ほとんどの隊員らがそれから戦線が終わるまで戦っているわけではなく、局面が一段落したら後続に任せて後方待機する。

ところが、一番隊隊長である沖田さんはいの一番に相手に斬りかかり、そのまま後衛に下がることなく、味方以外動ける者がいなくなるまで戦い続ける。

つまり、真撰組に於いて最も長く戦線に立っているのは間違いなく彼だ。
その次は第二波を指揮する土方さんで、副長が自ら前線に立つのは組織としてどうなのかと思うけれどたまにストレスを発散してくれないと、とばっちりがこちらに飛んでくるのでまぁいいかと思う。

その日はここ半年で一番大きなヤマだった。






[01.ただ美しいものだけを集めたい]


上段から斬りつけるのが常の自分には珍しく、相手の足を斬った。
左の膝から下を失ったその男はもう自前の足で立つことはできない。止めを刺すまでもないので俺は味方の援護に向かう。
こめかみの辺りを高速で何かが過ぎった。自ら作った血溜まりに沈む先程の男が銃で応酬してきたのだ。この男は雉も鳴かずば撃たれまいという諺を知らないらしい。
ぎゃっという屠殺された豚のような悲鳴を上げて男は息絶えた。斬られた瞬間の顔を見るのはまだいいとして、俺はその後が嫌だった。だからなるべく斬ったあとは向き合わないようにしているのだが、今回は叶わなかった。

見てしまった。
目をあらん限りに見開いて、流れ出る血の代わりとでも言うように必死に口を開いて酸素を取り入れようとする男の姿を。
現在進行形の「死」を。

人を斬ることに大して罪悪感はない。そんなものはとうに捨てたし、奪うからには自分の命を奪われる覚悟もできている。
それでも、こうやって死に瀕した姿を見ると必ずその夜は寝つきが悪くなる。

―今日は深酒決定だな
溜息をつきそうになるのを堪えて、中庭に向かった。

正面に一人、左右斜め後ろの一人ずつ。
三人に囲まれつつも、総悟は形勢の不利などまるで気にしない様子でまず正面を袈裟懸に斬り、素早く左回りに反転。その勢いで横に刀を振り一気に二人を切り飛ばす。
致命傷を与えることはできないがこれで三人は動けないだろう。止めを与える暇が惜しいと言わんばかりに総悟は他の浪士に斬りにいった。

その小柄な体は相変わらず全く返り血を許さない。

血なまぐさい非日常のその場に在って、総悟の朱を知らない隊服は日常的で、異質だった。





[02.俺は何も背負わない]

 肉と骨を断つ感触がして、その後に断末魔の叫びが聞こえる。この順番は人間だろうが天人だろうが変わらず、逆には出会ったことがない。

斬った断面からペンキのような液体が勢いよく噴き出す。
右側が鮮やかな朱に染まる視界の隅で近藤さんが戦っていた。
目の前の浪士を蹴り倒して後ろにいた奴と合わせて二人いっぺんに仕留める。
久々に彼が戦うところを見た。
相変わらず、力強い戦い方だ。一般人の平均も越せない自分には二人まとめて止めを刺す力はない。


いい加減、終わらせよう。息が乱れている時点でそろそろ限界が来るのがわかる。

―俺も近藤さんみたいとまでは行かなくても人並み以上の体が欲しかった
ないものねだりなのはわかっているが、戦いの終盤にいつも思うことである。
何回か視界が紅くなったが、考えることといえばその一点だった。
狭い室内ではないので、刀が柱や天井に当たる心配をしなくていい。

戦局は終焉に向かい、すでに相手の統率などないも同然だったがそれでも降参する者はなく、自分の周りでは一方的な虐殺に変わりつつあった。
そうなると、いつもオートマタになった気分になる。なんの想いも抱かず自分は相手を斬る。悪人だろうが、善人だろうが関係ない。ただ、先を塞いで自分の邪魔をする者なら容赦なく斬る。

最近、わかってきた。
たぶん俺は目の届く範囲の人間、それも自分が許容できる人間を「人間」と認識できる。
けれども、それ以外の人間は「人間」じゃない。そいつらは「人間」ではない、なにか違う「生き物」になってしまう。
もっと単純に言ってしまえば「モノ」にすぎない。だから、俺はただものを壊しているという感覚でいつも人を斬る。

それだから俺は気にならない。
今斬り捨てた「人間」の思想や家族や、もはや実現することのない未来を。
その未来を奪ったのが自分だということも。


朱が視界に入らなくなった頃には頭から消え去っている。









*)初のバトル描写。中学の頃に読んだ「燃えよ剣」とか早乙女貢とかの文が頭に過ぎりそうでそうはならなかったためにお粗末なものに。
局長をきちんと入れたかったのになぜか思い浮かばず。