*桐青はカトリック校という設定です。


上下の交流を深めようという目的でウチの野球部は週に1・2回、1軍メンバーが昼休みに弁当持って屋上に集まる習慣がある。

話すことと言えば、3割が野球の話で残りは昨日のTV(と言ってもプロ野球中継)がどうだの、午後にやるテストの山当てやら何組の女子は結構巨乳っぽいとか他愛もない話だ。

男子高校生が10人以上集まってワイワイ駄弁っているのだ。これが教室内だったらその騒音はかなりのものだろうが貸切状態で屋外のため誰も文句を言ってくる者はいない。
ひとしきり話が一段落すると、タイミングを合わせたかのように買出し係の一年坊が帰ってくる。
頼んでおいたデザートや追加のおかずパンを渡され、食べだすと途端に食べるのに夢中になってみんな静かになる。
租借する音やパンのビニールをガサゴソする音くらいしかしない屋上にかすかに声がした。
耳を澄ますと自分の座っている真下にある音楽室で誰かが聖歌を歌っているらしい。
何の歌かはわからない。

「あ。『しずけき』っすね。もうクリスマス礼拝の準備してんだ。聖歌隊」

タイトルを言い当てたのは常にロザリオを手放さない信者の利央だった。
こいつは両親がともに信者だからという理由で生まれたときにすでに洗礼を受けていて洗礼名も持っているらしい。
利央の色素の薄い頭が叩かれた。

「イテっ。何すんだよ。準サン」

まるでホコリでもはたくかのように利央の頭を叩いたのは我らが桐青野球部の2年生エースだった。

「おまえがクリスマスなんて言うのが悪い」
「何で?クリスマスはイエス様が生まれたすっごいおめでたい日なんですよ!しかも礼拝の後クッキーもらえるじゃないっすか?いいことづくめ!」

「オメデタイ頭してる奴は羨ましいよ。俺、利央になりたい」
「うわ、ぜってー思ってないでしょ。それ?すっごいむかつくー」

「利央は元気だな」

そんな二人をまるで父か母のように見つめて笑うのは我らがキャプテン。
いや、おまえが止めないといつまでもあの調子なんでそろそろストップさせて欲しいんですケド
と思っていたら、和己が動いた。
二人の頭をガシガシ撫でて、喧嘩というかじゃれ合いを止めた。さすがに扱いを心得ている。


「何だって、準太はクリスマスが嫌いなんだ?そんな話、初耳だぞ、俺は」

和己の声には若干トゲが含まれていた。意外とわかりやすい奴だ。どうせ「メオト」と称されるほど仲がいいこのエースに関して自分が知らないことがあったのが気に入らないんだろう。準太があからさますぎていて霞んでいるが、こいつも大概、「ゾッコン」というやつだ。
限定的世界の平和のために口に出さないが。

きつい口調で言われた準太は利央を茶化していたのとは別の人物のようにしおらしくなった。
本当に、おまえのその変わり身の速さは尊敬に値する。しかも無意識でやってるっぽいし。


「えっと、その。詳しくは言えないんですが、礼拝が嫌というか」

要領を得ない準太の返答に他の部員が面白がって喰らいつく。
きっと、俺も去年だったら嬉々として後輩イジリに参加していただろう。

去年の今頃だったら。


「それ以上は言えませんから!」


という準太の悲痛な声をBGMに俺の意識は去年のクリスマスへと跳んだ。


***


マリアさまが見ている


***


 桐青高校の朝礼はお祈りと聖歌で始まる。入ったばかりの頃は気恥ずかしかったが、半年も経てばもはや日常の一コマとして定着してしまう。入学から随分経った今では最も口ずさむ回数の多い「主の祈り」くらいならそらでいえるくらいだ。

 毎週1時間は宗教の時間があって、もちろん期末テストだってある。
この前は「十二使徒全員書け」とか「イエス様の言葉で一番好きな言葉は?」とかいうのがあった。
一番人気の言葉は「はっきり言っておく」だった。たしかに、キリストの口癖だが、シスターは苦い顔で書いたやつに減点していた。もっと意味のある言葉を書きなさいと。
シスターと言っても漫画とかにありがちな若くて美人な、こっちが勉強する気になるようなシスターではない。見るからに信仰一筋○十年といった感じのオールドミスだ。

まぁ、宗教の時間はいいとしよう。授業自体は小学校の道徳と変わらないようなものだし、寝てても支障がない。何よりもテストが他教科より格段に簡単なのだ。俺はこの科目で赤点を取ったやつを聞いたことも見たこともない。

火曜日は全校生徒が講堂に集まってミサをしなくてはならない。始業時間は普段と変わらない9時なので、当然そのぶん30分は通常より早く登校しなければならないし、朝練だって同じくだ。
大抵の学校が休みのはずの創立記念日だってミサをやる。挙句の果てには、高等部の修学旅行は長崎巡礼の旅だ。先輩たちの話によると一日に何回も教会を訪ねて聖歌を歌ったり夜には懲りずにミサをやるらしい。


4月の始業ミサに始まって6月は創立記念、7月は終業ミサ、9月はまた始業ミサ、11月は追悼ミサそして年度で最も盛り上がるのが12月のクリスマス礼拝だ。
ちなみにクリスマスミサとは言わない。マスの部分にミサという意味が含まれているらしいからだ。


この日のために存在していると言ってもいい聖歌隊の合唱から礼拝は始まる。とにかく、ミサが長い。聖書朗読の時間が異様に長いのと、いつもは2番までしか歌わない聖歌を最後まで歌いきるからだ。

余談だが、クリスマスソングで有名な「きよしこの夜」は「しずけき」という曲名になっている。歌詞も「きよしこの夜〜♪」ではなく「しずけき〜真夜中〜♪」である。もっと蛇足になるが、替え歌で「チーズケーキ〜マヨネーズ〜♪」というのが流行った。

長い長いミサが終わると今度はこの礼拝最大のイベントであるキャンドルサービスに移る。単に生徒が各一本ずつ配られた蝋燭に火を移していくというだけの作業なのだが、これが意外に盛り上がる。かくいう俺も学校案内のパンフレットで見たときは何とも思わなかったが、実際にやってみたら妙にテンションが高くなって自分でも驚いた。


そして、生徒・教師全員の蝋燭に火が灯ると照明が落とされて講堂は暗くなり、礼拝はいよいよクライマックスを迎える。


救い主イエス・キリストの誕生の場面をちょっとした劇で再現するのだ。

後ろの扉から入ってきたマリア役とヨゼフ役の生徒2名が舞台の中央に用意されている飼い葉桶へと向かう。マリアは生まれたてのイエスの人形を天に掲げて飼い葉桶に置く。

これでイエス・キリストの誕生だ。



この聖家族役は年代わりではなく、任命された人間は卒業するまでこなす。俺が去年に見たマリアとヨゼフは卒業したので、今年は違う聖家族になる。

今年のヨゼフ役は俺と同じ学年のヤツだった。ヨゼフはバスケ部のセンターで、この役を引き受けたのは普段落としっぱなしの平常点を挽回できるからとのことだ。そんな特典あるんなら俺も立候補すりゃよかった。
一方、マリアはというと、これが全くわからない。文字通り、分厚い白いヴェールで顔どころか頭部がすっぽり覆われているからだ。見る限り、髪はセミからショート。足まで隠れるゆったりしたワンピースで体格まではわからない。ただ、華奢な感じではないのできっと運動部の女子だろう。

ヨゼフから聞いた話によるとマリアは中等部から持ち上がりの1年なので、今回が4回目だ。手馴れているのか、高等部全生徒の視線に緊張しているヨゼフ役を一歩リードし、比較的速い速度で壇上に向かう。

そこで、ふと違和感に気づく。ヨゼフ役は身長が190ある大男だ。それなのに、マリアが並んでもそこまで身長差を感じない。女子では随分と長身だ、歩く速さも速い。通常の女の子ならどんなに早歩きしてもコンパスの差でヨゼフ役をリードするなんてできない。しかも結構大股で歩く。女の子がそんな大股かつ蟹股で歩くとは、母親が泣きそうだ。


聖歌隊が声を張り上げてクライマックスを演出する。妙な違和感のあるマリアがイエスの人形を掲げ飼い葉桶に置くと一斉に拍手が起きる。

聖歌隊と全校生徒が聖歌を歌う中でヨゼフとマリアは並んで退出だ。
マリアは来る時よりも速い歩調で段差のある廊下を歩く。ヨゼフはついていくのに必死だ。
陸上部の子か?
そう思っていたら、見事にマリアがワンピースの裾を踏んで転んだ。思い切り。しかも俺の真横で。見事に額をぶつけたらしくうずくまっているマリアを起こしてやろうと俺は口パクで歌っていた聖歌をやめてマリアに近づいた。

「大丈夫かー?思いっきりぶつけたな」

小声で言ってぶつけた箇所を見ようとヴェールをあげた

「えっ、ちょっ・・・」

突然手を出されて驚いた妙に聞き覚えのある声と見覚えのありまくりな顔がそこにあった。

「・・・・えーと」

マリアと目が合った。
そりゃあ、背が高くて歩くのも速いはずだ。大股も蟹股もすぐには直せないよな。内股で歩く男なんてキモイし。


「慎吾さんのばか!」

小声で1つ年上の先輩にそういい棄てて、突き飛ばしたマリアはものすごいダッシュで講堂から出て行った。あれなら1番打者もできそうだ。ポジション柄ないだろうけど。ヨゼフは置き去りだ。






***






「今年はやらないっスよね?キャンドルサービスって。たしか、去年、小火騒動がおきたのが原因で」



高等部あがりたての利央が無邪気にも言ってきた。




あぁ、マリア様の視線がイタい。









*)横浜在住なので「桐」がつく学校といえば、光か陰しか思いつきません。桐青のモデル校についても情報収集していないので全部私が通っていた学校(カトリック女子校)がネタ元です。
違う点はクリスマス礼拝は中等・高等部一緒。小火騒ぎは起きたけど翌年もフツーにやりました。あとヨゼフ・マリア役は中1生が担当というところです。私はマリア担当でした。決める日に学校休んでたらマリアにさせられた。イジメか・・・!
桐青は利央がブラジルとかヨーロッパ系らしいので、カトリックかなと思います。
利央の洗礼名とか考えるの楽しいです。ファミリーネームも知らんのにね(にっこり)!
なんだろう?無難なところでフランシスコとか?友達はベルナデッタかなんかでした。たぶん。