相関関係






約束の時間を時計が告げても、待ち人は来ない。



 ロンドンのキングスクロス駅にリーマスはいた。
9番ホームと10番ホームの間を行ったり来たりする彼は電車に急いで乗ろうとするマグル達に迷惑がられた。

 学生時代はそうでもなかったが、リーマスは待つという行為があまり好きではない。
しばらく何をするでもなくぼんやり突っ立っていたが、ふと口寂しくなったリーマスは売店で好物のチョコレートではなくガムを買った。
ガムの方が長く口に入れていられるし、蛍光色の紫と黄色のラインが入ったパッケージが目を引いたからでもあった。

 噛んだとたんに彼好みの人口甘味料特有の甘さが口に広がった。
しかし、ずっと味わいたかったのに数回噛むうちに味はどんどん薄くなって、しまいにはただのやわらかいグルテンの塊へと変ってしまった。

味が無くなったガムを噛みながらリーマスの思考は現実から右折して自分の世界へと入っていった。

 この感覚は何かに似ている。
もっと、もっと、とそれ以上のものを望んでいるわけではなく、現状維持が望みなのに果たされない。

 そう思いながらも右手は2枚目のガムを摘んだ。
紫色の包みと銀紙を別々に開くのは面倒なので一気に剥がしてしまう。

 ブルーベリーの味が口に広がった数秒後、彼の待ち人が来た。
ホグワーツでの黒いローブ姿とは異なり、マグルの格好をしている。それでも黒のタートルネックに黒のロングコート、かろうじてパンツだけチャコールグレーだった。一方のリーマスはくたびれたベージュのトレンチの下は倹約家らしく魔法界で使っているものと同じであった。

「すまない。遅れた」
 言葉とは対照的に相手の態度はいささか尊大だったがリーマスは慣れっこなので気にしない。
「構わないよ。さっき着いたばかりだからね。行こうか」
 自分の方がこの世界に慣れているのでリーマスは先を行く。魔法界ではあまりないことだ。



 世界有数の人口を誇るロンドンはいつも人で溢れている、というわけではない。平日ならともかく、大半の人や店が休みである日曜の夕方は少し閑散としていた。
メトロポリタン線のホームへ向かうために乗った下りエスカレーターでセブルスは一つ下の段にいるリーマスがいつもと違う匂いを纏っていることに気づいた。

「相変わらず甘ったるい匂いを纏わりつかせているが、匂いがいつもと違うな」
「あぁ、セブルスもどうだい?ブルーベリー味」
 チョコレートもあるけれど、とガムとスニッカーの両方を取り出して見せた。

「いらん。虫歯になる」
 実は、セブルス唯一の健康自慢は虫歯が1本もないことだったりするが、彼は生きてきた35年の間に人と健康について語ることがなかったので、そんなことは健康管理データを持っている校医しか知らないのだった。


「これはキシリトール入りだから大丈夫だよ」
「キシリトール?」
「私もよくわからないけれど、ここ数年マグルの間で流行っているフィンランド出身の虫歯予防成分だそうだよ。フィンランド人は毎晩寝る前に必ずキシリトールで歯磨きするから虫歯が少ないんだってさ」
「キシリトールとやらの効能はわかったが、ガムに入れても虫歯菌の温床になる甘味料が一緒に入っているのだから意味がないのではないか?」
「そこまではわからないが、パッケージには虫歯予防に最適!って書いてあるから意味はあるんじゃないかい?」

 セブルスと話している間にも味は薄れてしまって仕方がないのでリーマスは3枚目のガムに手を伸ばした。

「もう捨ててしまうのか?」
「えっ?」
「もったいない」

 その言葉はいつもなら自分が言う立場にあったので、言われて見ると不思議な感じのするリーマスだった。
彼が「もったいない」と人に言われるのはベルギー王室御用達のチョコレートを買ってきた時くらいだ。
ちなみにこの間はハリーに「チョコレートを買うんだったらそのお金でローブを直してください。せめて継ぎ接ぎの布をきちんとしてください」と懇願された。

服なんて着れればいいと思うのだが。近頃の子供は洒落っ気があるねぇ。


「味がしなくなったんだよ。味気のないガムほど口の中に入れていて嫌なものはないと思うよ」
 ガムを噛まない君にはわからないかもしれないけれど、と付けるのをリーマスは忘れなかった。
「ガムというものはある意味不思議だな」
「どうして?」
「一度口に入れたのに味がしなくなるとゴミになる」
「見も蓋も無いね。ゴミはないだろうに」
「そうではない。いくら嗜好品であっても一度口に入れたものを飲み込まずに口から出すのだからガムは食べ物とは言えないだろう。それになぜ何回も噛んだものを出す気になれるのか、腹の足しにもならないものにどうして金を出す気になれるのか私としては疑問だ。」

 セブルスは足元を見る。視線の先には何度も人に踏まれたことによって黒く変色したガムがへばりついていた。長い長いエスカレーターで下った先の地下道だというのに変わり果てた残骸達が所々に見られる。

「景観を損なう元にもなるしな」
 あれとるの大変だよね、とズレたことをリーマスは考えていた。
「そんなこと考えたこともなかったけれど、食感と味が楽しめるのだからいいんでないかい?」
「そういうものか?」
「君も一枚噛んでごらんよ。結構病みつきになるから」
「では、一枚だけもらおう」
 渋々ガムを受け取ったセブルスは包み紙を一枚一枚丁寧に剥がし中身を取り出すと平たい紫のガムをまず、まじまじと見た。
「匂いが甘すぎる」
 セブルスの眉間に皺が1本追加された。
「この匂いがいいと思うのだけれどねぇ、私は」
 だからお前は味覚がお子様なのだと言われそうだったがそうしたら、そういう君は昔から爺臭い味覚だよねぇと返そうと思うリーマスだった。

お互い無言でガムを噛むクチャクチャという音とカツカツという靴の音しかしなくなった。
ようやくホームに着いて、沈黙を破ったのはリーマスだった。

「この感じ、何かに似ていないかい?」
 それは先ほど、セブルスを待っているときに思いついた疑問だった。
「何が何に似ているのだ?」
「ガムを噛んでいくとさ、どんどん味が無くなって、しまいには味がしなくなってしまうだろう?その一連の過程が何かに似ているんだ」
「思いつかないな」
「あ、もう味が無くなってしまったよ。やはり一番安いガムだからかな」
「おまえは噛む回数が多すぎだ。私はまだ甘ったるいままだぞ」
「ワインは甘口が好きなのに菓子類はダメなんだね」
「関係ないな。そういうおまえは辛口が好きだろう」

文句を言いながらも噛み続けるセブルスを尻目にリーマスは残りの枚数を数えた。
人の良い笑顔のリーマスに黒く先が三角の尻尾が生えたのをガムに集中していたセブルスは気づかなかった。

「それにしても、マグルの交通機関には時間の概念がないのか?いい加減この味に飽きてきた。さっきから味がなくならないのだが」
「あ、そう」


懐中時計に目を落とすセブルスの顔に何かが覆いかぶさった。
それが影だとわかる前に、セブルスは頭半分ほど高いリーマスに顎を捕まれた。
突然のことにしばらく固まっていたセブルスだったが、すぐに我に返り不届き者の鳩尾に右ストレートを贈った。

「痛いよ。セブルス」
「おまえにはここがどこだか認識する頭もないのか」
「いや、私は口寂しいし、セブルスはガムいらないんだろう?だから私がもらおうかと。『もったいない』し」
 ガムを噛み、朗らかに言うリーマスにセブルスは疲れた顔で応えた。
「場を弁えろ。誰かに見られたらどうする?」
「日曜のこんな時間に彼らがいるわけないじゃないか」
 彼の生徒達は現在、夏期休暇中である。
 セブルスが言いたいの生徒云々ではなく、もっと広範囲なことなのだが
「勝手にやってろ」
 リーマスに説明する気力もないセブルスだった。


何だろう?
くちづけでもない、おそらくそれ以上の行為でもない
それでも隣の彼と関連のある何か



「結局、何なのかわかったのか?」
「いや、思いつかない。何だろうねぇ?ガムがなくなってしまったよ」
 ほら、と言ってリーマスは空の包みを見せた。
「呆れてものも言えないとはこういうことを言うのだな」
 自分のガムまで提供した結果がこれか。彼の眉間に皺が2本追加されたがリーマスはそれを見なかったことにした。
「次は何味にしようか?君の好きなラ・フランスにでもする?」
 提案する彼はとても楽しげだ。
 どうやら、両者の虫の居所は反比例の関係にあるらしい。
「私は食べないと言っただろう」
「そんなこと言わずに私に協力しようよ。君も気になるだろう?」
「仮に私がおまえに協力して一緒にガムを噛んでも、結局おまえに取られてしまうのだろう。もうその手には乗らん。この××狼め」



「おや、バレてしまったかな」













*)
管理人もわかりません。
リーマス氏はなんとなくアゴが丈夫な感じがします(謎
連載ものが暗いためか短編は甘くなってしまうようです。