ラプラスの悪魔













いきなり後ろから羽交い絞めにされた。



懐かしい匂いと感触に眩暈がする。

「久しぶり」

どうして―
訊く前に体が反応した。

背伸びをして唇を重ねる。瞳は逆光のメガネで見えない。
最初はその感触を楽しむようにくっつけあう。それだけで満足するはずもなく、お互いの口内に侵入して恥ずかしげもなく蹂躪した。もっと欲しくて舌を絡めあう。厭らしい水音が聞こえる頃には息苦しさを感じて、名残惜しげに離れてはまた絡める。
何度も繰り返すうちに息が上がってきて彼の胸と腕にうっとりとしなだれかかる。

一度は落ち着いたが、次第にまた盛り上がってきて上を貪りあうだけでは満足できなくなった。

「   」

何か言われたが、聞こえない。
しかし、不思議とそれを気にすることなく、中断していた行為を再開する。



彼そのものが欲しかったしお互いがこんなに近くに存在することを実感したかった。



「   」

また、何か言われた。それでも声は聞こえない。
唇の動きで言葉を探ろうと、視線を少しあげる。


肩越しに見える天窓から、針のような光がさした。

思わず目をきつく瞑る。












再び目を開ければ、自分に覆いかかっていた彼もあの天窓もなく、ただ石造りの灰色の天井が迫るように在った。



「起きたかい?」


誰もいないはずの部屋に自分のものではない声が響いた。
反射的に勢いよく起き上がってしまった。
血液が脳まで上りきっていない状態のせいか頭にひどい痛みが走る。

突然の頭痛に額を押さえると、目線の先は自ずと下になり自分の体が目に入る。
灰色のベッドカバーは半分床に落ち、その下にある自分の肌とよく似た色の毛布もおなじ道をたどっている。
最後にかろうじて自分を覆っているケットの下は明らかに全裸で(どこかの人狼と違って全裸で寝るという開放的な習慣はない)、体のあちこちの痛みと皮膚の具合からいって、昨夜、何があったのかを思い出した。


「まだ頭に血が上っていないようだけど、とりあえず、おはよう」


この声で、昨晩誰と何をしたのかを明確に思い出す。


ルーピンが訪ねてくるのは決まって満月の数日前で、月に1度はどこからともなくやってくる。
おそらく、狼化と性衝動の周期が密接に関わっているのだろう。もっとも、そういったデータを私は見たことがないが(だからといって実際にデータ採取をしようとは思わない)


「大丈夫かい?まだ意識が降りて来てないのか」


とにかく、ルーピンが性欲処理のために毎月のように私の元に来るのは明らかだった。
それが日常化してしまっているのはやってくるルーピンとそれを拒まない私のどちらに原因があるのだろう?同罪だろう。強く拒否するほどルーピンとの行為は嫌いではない。率直に言うと私達は相性がいいのだろう。

夢の中でどこかの誰かと摩り替わらせてしまうくらいに。



「低血圧は大変だねぇ。いつも朝がこんな調子ではつらいだろうに」

応えもないのにルーピンは一人で喋っている。中年になったら高血圧症と糖尿病で苦労しそうな人間に心配されるとは滑稽である。10年後はきっと立場が逆転するだろう。

「ここまで酷くはない。いつもは」

原因はベッドのサイドテーブルに、ドア付近の床に、ルーピンが勝手に紅茶を淹れているテーブルに転がっていた。


ようするに二日酔いだ。


昨晩、押しかけてきたルーピンは宿代と称して大量の酒類を持ってきた。
職業柄、自白剤や毒薬の耐性はついている。
だが、アルコールだけは違った。ジョッキ1杯のビールでも私の翌朝は頭痛・胃もたれ・吐き気の不協和音で始まり、一日の半分を最悪の気分で過ごすことになる。

どれくらい飲んだか定かではないがワインを中心に自分の限界を超えて飲んだのだろう、気分は最悪だった。

一方のルーピンはシャワーも済ませているらしく、非常にさっぱりしている。日も昇りきった頃だというのにまだベッド、それもベッドメイキングをした屋敷しもべ妖精が真っ青になりそうなくらい乱れて汚れた、で昨日の名残を残して二日酔いに苦しんでいる自分とは対照的である。


「一応、二日酔いに効きそうなものを淹れたんだけど」

自分が持ってきた酒がこの事態を招いていることに少し罪悪感を覚えているのか、申し訳なさそうにルーピンがマグを渡してきた。


普段は苦手とする清涼感のある独特の香りが鼻を刺激した。胃と頭蓋骨の中をひっくり返して洗いたい気分の今には丁度よかった。







何事も大雑把で、繊細な作業を要求される薬学や薬草学にはセンスのかけらも発揮しなかったこの男だが、なぜか、紅茶のブレンドだけは絶妙だった。














*)

「金剛石の〜」とセットで作ったものです。2週間以上ブランクがあったのは冒頭をどうしようか迷ったため。
絡ませるのは今でも気恥ずかしいです(じゃあ、やめなさい)
タイトルはフィーリングで決めましたのであまり気にしないで下さい。