金剛石の瑕疵







十年が経った。


株価は下落するし、景気も廻り廻って悪くなって失業者は増加し仕事は減った。
物価は上がり連動して食費も上昇、地価は下落。
両親が遺してくれたスコットランドの山小屋の価値は降下の一途を辿り価値がないも同然。
魔法大臣も変わった。仕込んだワインは程よく渋くなった。
学生だった後輩は就職して社会人だ。
よちよち歩きもできなかった幼子は大人の胸くらいにまで成長して両親が20年前にくぐった門をこの夏にくぐる。

それが十年というものだ。
あの日から何も変わっていないようで、地上のものが引力の忌まわしい触手から逃れられないように、歳月からも逃げることはできない。
変わっていないものなどほんの一部の例外を除いて、ひとつもないのだ。


それなのに


「しばらく会っていないうちに、また老けたなルーピン」

窓から降ちる僅かな光に薬品入りの試験管を透かして彼はこちらを見ようともしなかった。

「随分な言い草だね。私のことをちらりとも見ないくせに、老けたとか言わないで欲しいな」

「見ずとも、わかる」

「何それ、もしかして匂いでわかるの?加齢臭?」

「くだらないことを言っていないで早く扉を閉めろ。空調の変化が薬品にどのような影響をもたらすのかおまえにはわかるまい」


彼は変わらない。もちろん、自分と同じだけ年を取っているので外見は少し変わったが自分ほどではない。濡れたような黒髪も肩口までゆるやかに波打っているし、肌は不健康な土気色。周りを威圧する黒い瞳は真冬の海底トンネル並に冷たい。
相変わらずの薬学・呪マニアで相変わらずホグワーツにいて薬品をいじっている。

卒業早々にこの地を離れて年に1回くらいしか寄り付かなくなった自分とは対照的に10年間、彼はここを離れたことがほとんどないだろう。

そして相変わらず、彼にとって私の存在は不愉快な過去の記憶を呼び起こす程度のものでしかなく、よくて最近加わった薬を買いに来る金の出の悪い顧客兼実験体ぐらいなものだ。

私と彼の距離やその行程、背景は10年前の冬から改善も悪化もしていない。



「外は焼け付くような暑さなのに、ここは涼しくていいね」

「そういう調整をしている。ここは一年中、室温8〜10℃、湿度20%に保たれている」

「でも、人間が入ると体温やら二酸化炭素やらで環境が変化してしまうけれどそこのところはいいのかい?」

「人一人くらいなら支障はないし、設定した基準に会わなくなった場合は自動修正するようにしてある」

セブルスは持っていた先程の試験管を元の棚に戻し、ローブのポケットに手を突っ込んだ。
そしておもむろに杖を取り出して私に向けた。


思わず腰を落として臨戦態勢に入ったがそれは取り越し苦労だった。
ドアを勢いよく閉めた衝撃でドアのガラスにヒビが入っていたのだ。


「ドアや窓にも同じ処置が必要だな」

「小さなものだったのに、よく気づいたね」

「なまじ、いつも同じだから僅かなドアの傷にも目がつくのだろう。ここの貯蔵庫は変化に耐え切れないものがほとんどだからな。少しの瑕疵すら見逃すことは出来ない」


思わず、セブルスが直したドアを見た。そして2階分の高さをぶち抜いた天井まで届く薬品棚を見渡す。



この部屋すべてが彼のようだ。




どんな変化も拒絶して、ついでにすべての存在の介入も否定している。











*)
突発です。日記の小話用でしたが文字数の上限にひっかかってこちらに掲載。
久しぶりにリマスネのような代物になりました。
同じネタをおそらくあと1回は最低でもやると思いますので先に謝っておきます。
「神様はサイコロを振らない」を読んで触発されました。
ちなみに10年前はまだ小学生やっていました。
あの頃の自分に言ってやりたいこと→「レツゴ全話VHSの方に録画しておくように」
理由→8ミリの方に録画したばっかりにビデオを購入するはめになるから。


「もっと真面目に受験勉強するように」はどうせ言われてもしないので言いません。