「消えてしまいたかったんだ」

「は!?何を言ってっ・・・!」

セリフは最後まで紡がれることはなかった。







最初は浅く、
啄ばむように、

そして

ゆっくりと口内を深く侵していく。









  −顔を憶えて貰うのには大した時間はかからなかった。君はいつも彼を見ていたから。そして私は彼の3人の親友のうちの一人で、君を極度に嫌っているアイツとこれまた極度に怖がりなあの子が君に話しかけるわけがなく、いつも君とイヤミの応酬を繰り返していた彼をぬかせば、私はおそらくホグワーツの中で最も君と話した回数が多い生徒だったろう。

 

 でも君にとっては私や他の2人は彼の付属品でしかなかった。私が君を見ていても君は決まって彼を見ていた。それでも2年の終わり頃には名前を憶えてくれた。
・・・3年生の新学期でまた忘れられていたのにはかなりショックだったけど。


 それでもめげずに君を見かける時は必ず話しかけるようにした。私は君が得意とする薬学が大の苦手だったのでよくそれを口実にしたっけ。
 
 私の努力は報われた。4年生では挨拶を(あくまで儀礼的な)かわすようになり、5年生では来るOWL試験にむけて2週間に1回薬学を図書室で教えてもらえるまでになった。

 しかしその年の最後で今までの苦労はぶち壊されることになった。ほかならぬ自分自身の手で。

 





舌に痛みが走って思考が20年前から現在に戻された
・・・少しやりすぎたかな。目の前の恋人はかなり息が上がっている。彼の呼吸と意識が整うのを待ってから先ほどの続きを言った。




「あの時、本当に消えてしまいたかったんだ」

「それは私の前から、と言う意味でか?」


「・・・うん。ひどいものでね、彼らの前から消えてしまいたいとは思わなかったんだ。私はあの時君に対しても彼らに対しても取り返しのつかないことをした。そしてダンブルドアにはこれまでずっと背信行為を犯していたということがばれてしまった。今考えたらダンブルドアにこそが一番の恥じ入る対象であり陳謝の対象であったのに僕の羞恥と後悔と懺悔の対象は君のみだったんだ」



「・・・おい。あの阿呆共はともかくダンブルドアはわすれるな」

「君って本当にダンブルドアが好きなんだね。昔からそうだったけど」

「ほう、何だ妬けるか?」

「それはもちろん。どれだけ嫉妬しているか知りたい?」

「その提案は却下する」

「そんな即答しなくてもいいのに。大丈夫だよ、私ももう若くないからね。今夜はこれ以上の体力の消耗はさけたいところだし何もしないよ」



「で、何が言いたいんだ」

「ん?いや、なんとなく言ってみたかっただけだよ」

「うそだな。お前は確かめたかったんだろう?」

「何を?」

「私があの時のことを今だに怒っているかどうかを」

「・・・正解。うっ、そんなに怒った顔しないでくれよ。あの時のことは気にしていないって君の口から聞いているし、実際、私に対してはそんなそぶりは見せないからわかってはいるんだけどね」

「なら、もうそんなくだらないこと言うな。もう誰もおまえを責めてはいないし、もとからおまえが責められる故もあるまい。それにいつ私がお前をその件で責めたことがある?」

それ以上言うならベッドから蹴り落としてやる、と言いたげな彼に私はなにも、もう何も言えなかった。


どうして君はそうやって私の欲しいものが、言葉がわかるんだろう。‘人狼’という体質上、結構、他人に内心を悟らせないことには長けているはずなのにこの人の前ではそれもハニーデュークスの上質粉砂糖を入れてしまえばあっというまになくなってしまう珈琲の苦味のようだ。


「そういえば、ルーピン。私も言いたいことがある」

「なんだい?」

愛しいひとはサイドテーブルの引き出しから一枚の紙切れを取り出してそれをズイっと私の前につきだした。

「これはなんだ?」






あまりの迫力に私はとっさに返事を言えなかった。

「黙っていないで何とか言ったらどうだ?」
と言いつつ枕の下から杖を取り出して私に突きつけている彼。これは生命の危機だ。何か言わないとマズイ、非常にまずい。

「いや、この『秋の味覚スペシャルチョコレート〜最高級チョコレートと栗・サツマイモ・柿・松茸の共演による五重奏〜』は発売から大体10分で売切れてしまうほどのレアものなんだよ。しかも販売日が1年にたったの1日なんだ。私はもう7年も前からこれを買うために血のにじむような努力をしてきたんだけど、どうしてなかなか世の中のおばさん達はすごくてね〜。結局ようやく8度目の正直ってやつでこの『秋の味覚スペシャルチョコレート〜最高級チョコレートと栗・サツマイモ・柿・松茸の共演による五重奏〜』を手中にできたってわけだよ」

「・・・」

なぜか無言の彼に私はなおも状況説明という名の言い訳を続ける。

「ところが、ようやく長年の夢『秋の味覚スペシャルチョコレート〜最高級チョコレートと栗・サツマイモ・柿・松茸の共演による五重奏〜』を手にしたはいいがなぜか私はその日お金を全く持っていなくてね。それで、後払いにしようと思って店員さんにそういったんだよ。そうしたら」

「そうしたらその店員におまえのような貧乏人は信用できない、と言われた」

「そうそう。よくわかるね。全く、少しばかり身なりがみすぼらしいからといってあーいう態度はよくない。僕じゃ信用してくれなさそうだったんで仕方なく君の名前を借りることにしたんだよ、ホグワーツ魔法薬学教授セブルス・スネイプの名をね」

「ほーう。ではなぜ、それを私に今まで言わなかったのかね。ルーピン教授?卿が言ってくれなかったおかげで私は昨日の職員室の笑いの的でしたよ。あのスネイプ教授がチョコレートを、しかも、期間限定などという低俗な宣伝をしているくせに値段が馬鹿みたいに高いことで有名なあのハニーデュークスの『秋の味覚スペシャルチョコレート〜最高級チョコレートと栗・サツマイモ・牡蠣・椎茸のカルテット〜』を購入するとは」

「セブルス、牡蠣じゃなくて柿だし椎茸じゃなくて松茸だよ」
「要らんつっこみはしなくていい!!」

「いやー、でもおいしかったなぁ。とくに松茸味が最高だったよ。松茸って知ってる?セブルス?」

フン。私を誰だと思っている?松茸というのははるか東の島国・日本の菌類だ。日本はキノコ王国と言われ180種類以上あるがその内、食卓に上るのは20種ほどで、「におい松茸、味しめじ」と言われマツタケはキノコ類の王様である。その特有の香りの高さにとりわけ日本人は秋の季節を感じる。最近は土地開発や下草刈りの手入れ不足、農薬、気候と複雑に重なり、収穫不足で一般庶民には高値の花になってしまっている。旬は9月末から10月にかけてだがその年の気温や雨量によって多少のずれや収穫量の違いがでてくる。俗にマツタケは上方(ジャパンの西側)の味といわれ、昔は神嘗祭(かんなめさい)の10月7日が近づくと、京都(長らくジャパンの都だった古都だそうだ)の街中はマツタケの香りがあふれていたらしい。洛西龍安寺産というところのものが特に優れ、丹波、摂津、岡山、広島などのジャパンの西側の地が主な産地だ。人工栽培の研究が盛んだがいまだ量産には至っておらず、韓国、台湾、カナダから輸入しているらしいが、やはり香りに欠ける。松茸はその芳醇な香りが命なのだ。とくに日本人は松茸の香りが大好きだ。マツタケオール、桂皮酸メチルなど香りの主成分のエッセンスを人工的に作って売っているほどらしい

「うわ〜。さっすがセブルス!博識だね!!じゃあ椎茸についてはどうなんだい?」
ここでさりげなくセブルスの意識をそらせることができたら私の勝ちだ。

果たしてもう白み始めた空に投げられた見えざるコインは裏か表か

「椎茸か。椎茸とはな日本や中国で代表的なキシメジ科のキノコで・・(以下省略)・・・」


どうして君はそうやって私の欲しいものが、言葉がわかるんだろう。‘人狼’という体質上、結構、他人に内心を悟らせないことには長けているはずなのにこの人の前ではそれもハニーデュークスの上質粉砂糖を入れてしまえばあっというまになくなってしまう珈琲の苦味のようだ。

賭けは私の勝ち。
ー君の玲瓏たる美声を朝っぱらから聴けるなんて私はなんて幸せ者なのだろうー









ようやくリマセブが書けました!領収書の日付と同じ日に書き始めたのにどうやって終わらそうかと悩んでたらすっかり時間が・・・。
 とりあえず、リーマスはセブに尻にしかれているようでやっぱり一枚上手でしたって話ということで。

*実はポカミスをやらかしているのですが、若気の至りということで直していません。気づいた方は「こいつアホだな」と鼻で笑ってください。




領収書
                     セブルススネイプ様
 
お買い上げの品
   秋の味覚スペシャルチョコレート
〜最高級チョコレートと栗・サツマイモ・柿・松茸の共演による五重奏
             
                                                 金3ガリオン也

              
     10月13日  ハニーデュークス ホグズミート店
                                     

<幸福なわけ>