In The Gray Dawn




その日は珍しく雨が降っていなかった。



「なんだか雨が降っていないと変な感じね

「雨のない夜っていうのも久しぶりすぎて新鮮だね」

今彼らが住んでいるこの家はゴドリックの谷に建っている。この谷はホグワーツ創始者の一人、ゴドリック・グリフィンドールが生まれた場所とも没した場所とも言われており、後者を支持する者の中にははゴドリックの死を谷が悼んでいつも雨を降らせていると主張する者もいるくらい、この谷の夜は雨雲のため月も星も顔を出さない。
それが今夜は違った。空には雲ひとつなく、星は瞬き月は輝いていた。

外を照らす星々をジェームズが見つめていると玄関からノックが聞こえた。

ジェームズとリリーは顔を見合わせた。こんな夜更けに訪ねてくるなんて一体誰だろう。
少し警戒しながらジェームズは扉を開けた
「ひさしぶりだな、ジェームズ・ポッター」
 扉の向こうにいたのは一人の男だった。ジェームズはこの男を何度も見たことがある。最初の何度かは魔法省の写真や闇祓いの似顔絵で。最近は実際に。
もっとも記憶に残ったのは扱う闇の魔術の凄まじさでもなく、ましてや彼の端整な顔立ちや自信に満ちた振る舞いでもない。

その目だった。

全てを焼き尽くす炎のように禍々しい朱

そして、それを見た瞬間にジェームズは安全だと思っていたこの隠れ家が崩れたのだと理解した。

目標はハリーだ。

ならばここは自分がこいつをひきつけてリリーとハリーを逃がすと即座に判断し、ジェームズはリリーに向かって叫んだ。

「リリー、ハリーを連れて逃げろ!」
賢明なる彼の妻は半瞬だけ躊躇し、大人しく彼の言葉に従った。


「無駄なことを」
ヴォルデモードは蔑むように言った。
「そうかな?」
この男を相手に決して弱気な姿勢を見せてはいけない。そんなことをしたらすぐに彼の闇に取って喰われるだろう。ジェームズは頭をフル回転させて生きるための道を探った。わざわざ玄関からヴォルデモード卿が一人で来たのだ。今まで彼と彼の手下は必ず複数人数で「血の粛清」を行ってきた。それなのに今のところジェームズが感知している敵は目の前のヴォルデモードだけだ。

「なぜ私が一人でお前らの家にやってきたのか、気になるようだな」
心を読まれジェームズは少し動揺した。読心術の防御はほぼ完璧のつもりだった。

「どうやら彼から聞いていないようだ。まぁ、いい。疑問に答えて上げよう。私は人が絶望した時の顔を見るのが大好きでね。特に最近は信じていた友人の裏切りに気づいた時の顔を見るのが」


意識の外に追いやっていたことを無理矢理引きずり出された。
ヴォルデモードがこの家に来たということは

彼が自分を―


視線をはずしたのは一瞬だった。
ジェームズの目はヴォルデモードが杖腕を振り上げるのを捉えた。





反撃しようとしたジェームズに死が突然、襲い掛かった。





朦朧とする意識の中でジェームズ・ポッターは魔法界の行末や裏切った友人、彼の裏切りに憤怒するだろう親友、怒りを抱くよりも悲しむだろうもう一人の親友を思い、最後に妻子を思った


彼は恋人としてリリーを愛していなかったが彼女を愛していたしその間に生まれた息子ハリーを愛していた


普通の魔法使いなら即死であるはずなのだがジェームズの強大な魔力は彼の即座のあの世行きを阻み、思考の森に誘った。


-こんな所で死んで不満はある。けれどハリーは自分とリリーの子だし父親がいなくなっても大丈夫だろう。
リリーもいるし第一あのシリウスが放っておくわけないいい父親代わりになってくれるはずだ。
 それにしてもまさか親友と思っていたピーターがこの場所をヴォルデモードに密告するとは全く考えていなかった。でも自分はピーターを恨まないし憎まない。
どうせ死ぬのだ。
誰かを恨みながら死ぬなんてジェームズ・ポッターらしくないではないか。

心残りはハリーと交わした約束を守れなかったこと。


ただそれだけだ



-「今は闇に覆われた時代だけど君が物心つくころにはきっと光溢れる時代にお父さんがしてやるから」
自分はそう約束したのだ。
赤ん坊のなんと小さくかわいらしいことか-



あぁ、そうか

自分は彼をこんな風に愛したかったのだ

まわりには醜い争いも無く

君は草花に囲まれ本を読む

僕はそれを眺めて時々ちょっかいを出してかまってもらう


ただそんな退屈だけどおだやかな日々が流れていく


それだけを望んでいたのかもしれない



実際は君をたくさん傷つけて

そして傷つけたまま君を置いていくんだ




まだ死にたくない

死にたくない


生きるんだ

君のそばで










意識はそこで途絶えた







それからどれくらい経っただろうか






闇を切り裂くような赤子の泣き声がし、世界は仮初の光に満ちた









世界は汚い




見たくないのなら、目を閉じていればいい


だが、そうして目を閉じている間にも世界は動いていく


気がついた時には目の前に焼け跡しか残ってない、なんてことになりかねない


もっとも息絶えるまでずっと目を閉じていれば
それも見なくてすむか




でもね、君がそれをするとは僕は思えない

君は誰よりも誇り高いから

そして

僕はそんな君を


"愛している″

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