「取引をしよう君と僕で。そうしたら僕は君の望むものをあげよう。

―だから君には僕の望みを叶えてほしいんだ」


憎ったらしいほどの笑顔で彼は私にそう言った。

嗚呼、なんてことだろう。あの時からこの男は蜘蛛のように粘着質な糸を張り巡らしていたんだわ。

それでも、あんなこと、言わなければよかったなんて思わない。








アイスクリームは甘くない 1






獅子寮の談話室に男子生徒の悲鳴が上がった。

「どうしたって言うんだい?ジェームズ」

突然上がった大きな声に顔を顰めつつも、冷静かつゆっくりと聞いたのは悲鳴の主の親友・リーマス・J・ルーピンだった。
彼はジェームズの突然のご乱心に慌てているもう一人の親友・ピーターとは対照的に買ったばかりのミントチョコレートのアイスクリームを舐めていた。

「リーマス。また失敗しちゃったよ」

悔しさの滲んだ声でジェームズはリーマスに数枚の紙を見せた。リーマスは両手で大事そうに持っていたアイスクリーム達を右手に持たせて、あいた手で受け取った。
リーマスが見たそれらは写真だった。正確には背景だけで人物のいないものだ。

「ジェームズって何でも器用にこなせると思っていたけど写真は不得意分野みたいだね。一体これは何を撮ったの?」
「この間のスネイプを撮ったやつだよ、それ」
「あぁ、なるほど。セブルスは写真に収められるの嫌いだもんね」

セブルス・スネイプは集合写真であってもすぐに写真から姿を消してしまう。学校行事の記念という正当な理由の元ですら写真を拒否している彼が、ジェームズが撮った写真に大人しく収められることは天地がひっくり返ってもないだろう。

リーマスはミントの清涼感を味わいながらも、きっと報われないであろうジェームズの努力の結果を心のうちにそう評した。まるで、アイスクリームの冷たさが思考にまで伝染したようだ。

しかし、そこはいたずらにかけては不屈の精神を持つジェームズである。

「そうだ!マグルのカメラなら大丈夫かもしれない!!」

マグルの写真はこの世界のものと違って、人が動かないと聞いている。生粋の魔法族にとってはかなり不思議なことなのだが、マグルの住人にとってはそれが当たり前のことだ。

ジェームズが自分の考えの名案ぐあいを心の中で自画自賛しているときに、タイミングよくマグル出身者であるリリー・エヴァンスが談話室に入ってきた。

「リリー!ちょうどいいところに!」

そういって、周囲の迷惑など顧みずにジェームズは大声でリリーを呼んだ。
リリーは少し、迷惑そうな顔をしたが、素直にジェームズ達のテーブルにやってきた。

「ジェームズ。談話室はお話しするところであって、大声で叫びあうところじゃあないのよ。わかってる?」
「わかってるよ。ちょっとエキサイトしていたから声が大きくなったんだ。その点は謝る。ごめん」
「まぁ、私は迷惑していないからいいわ。それで何か御用かしら?」

クールに言うリリーにジェームズは単刀直入に用件を告げた。

「マグルのカメラを持っていないかな?持っていたら貸してほしいんだ」
「一応、持ってるけど何をするつもりなのかしら」
「言わないとダメ?」
「それはそうでしょ。特にあなたの場合は何をしでかすかわからないもの」
「実は、スネイプの写真を撮りたいんだ」

リリーはジェームズの言葉に大きな緑の目をさらに見開いて、一瞬固まった。それでも、いつもの表情に戻ってにこやかにジェームズに応えた。

「いいわ、ジェームズ。取引をしましょう。
「取引?」
「そう。ちょっとこっちに来て。あ、リーマスはだめよ」
「ばれたか」

リリーは2本目のチョコレートファッジアイスに取り掛かりつつも器用に自分達の話を聞こうとしてきたリーマスに釘をさして、ジェームズを談話室の隅に引っ張っていった。

「かくかくしかじか・・・」
「なんだ、拍子抜けしちゃったよ。そんなことでよければよろこんで」
「まぁ、あなたには直接害がないものだものね。OKしてくれると思ったわ」
「人は犠牲なくして何も得られないものなのか・・・」
「なにシリアスぶってんのよ。あなたは何も犠牲にしてないでしょ。それに人っていうのは何の犠牲も払わず全てを手に入れようとするものよ」
「さすが、リリー。君もなかなかワルだねぇ。常にピンポイントで痛いところを・・・」
「あなたほどではなくてよ」

寮きっての秀才である二人が腹黒そうに笑い合う様は異様な雰囲気を出していて、談話室の隅は初夏の爽やかさを追い出して一気に冬に逆戻りしたようだった。

「ただいま。って、リーマス。なんかあそこらへんだけ空気がどす黒いのは俺の気のせ、ギャッ」
「シリウス。世の中には言わなくていいこともあるってこと憶えておこうね」

にっこりと本日3本目のダブルチョコレートアイスの最後の一口を頬張りながらリーマスは爽やかに言った。ただ、シリウスにはリーマスの背後にも何か黒いものが見えていた。

「どうしても知りたいんだったらそこで震えているピーターに聞きなよ」


そう言ってリーマスはチョコクランチ入りのバニラアイスにとりかかった。
















*)一応、短文で三部作の予定です。
随分とリーマス氏が出張りました。うちのリーマスはどれだけアイスが好きなんでしょうか。