いつか、僕が大きくなったら





「ねぇ、太公望?何してるの?」

ウサギか猫の耳のような形の帽子は遠くからでもすぐに太公望だとわかった。
お父さんも兄ちゃん達もみんな慌てて捜しているのに、かくれんぼの鬼はのんびりと小高い丘の上で和んでいた。

「こんなに天気がいいのに、やることが兵達の訓練やら関所攻めの布陣のチェックやらではいつかワシは死んでしまうわ」

太公望は僕が精一杯腕を回しても回しきれないくらいの立派な木に寄りかかってダラけていた。
その木はもう少し暑くなれば太公望の大好物を実らせる木で、今は準備期間中なので薄いピンク色の花びらと甘い匂いが辺り一面に舞っている。


「仙人って死んだらどうなるの?」


僕は少し小さな声で聞いてみた。
ついでに母様はお星様になって僕達を見守ってるんだよ、とお父さんに教わったことを太公望にも教えてあげた。その時、彼はとても気の毒そうに僕を見た。

 まだ朝歌にいたころに「仙人は不老不死」って家庭教師の先生に習ったんだ。

僕は先生に
「どうして仙人はふろうふしなんですか?」
と聞いたのだけれど
「そんなこと、子どもが聞くものではありません」
って怒られた。

実は仙人も死んじゃうってわかったのは朝歌を脱出した時だった。あの先生に仙人は不老不死ではないですって言いたかったなぁ。残念。

僕はその先生がとても苦手で、なぜかというと僕の質問に全然取り合ってくれなかったからだ。

「どうしてお箸とお箸をくっつけちゃいけないの?」
「どうして冬は寒いのに夏は暑いの?」
「どうして魚は水の中で息継ぎしないでいられるのに、池から上がると苦しくなってしまうの?」
「どうして雲は白いの?」
「赤ちゃんはどこから来るの?」
「空はどこまで高いの?どうして青いの?」
「どうして先生の髪は白くて少なくて、僕の髪は黄色なの?母様は真っ黒だし」

僕の「どうして」攻撃に先生は一度も答えてくれなかった。
「そんなこと言っている暇があったら、勉強しましょう」
僕にとっては勉強よりも稽古よりもずっと大事なことだったのに。



「仙道が死んだらか。今は封神台行きということになるがのう。天祥のお母上が宙に上がったのなら、封神台が一杯になった時はわしたちは此処に還ろうかの」

そう言ってポンと控えめに地べたを叩いた。地べたといっても、土は見えなかった。
桃の花びらと青い雑草で地面が覆われていたからだ。薄桃色と草の青と太公望の手袋の黄色そしてもう一色、地面に在った。

「どうして地面に?太公望はモグラさんになりたいの?」

太公望は今までの大人の中で一番、僕の「どうして」に答えてくれる。この間、天化兄様に太公望は若く見えるけれどとんでもなくおじいちゃんだって教えられて、僕はとても納得した。
お年寄りになるときっと、答えられない質問はないんだって。


「せめて最期くらいは生まれた地に戻りたいのぅ。わしらはきっとあと何百、何千もの歳をあちらで過ごすのだから」

僕は太公望たち仙道が来た空を見た。春の盛りを過ぎた空は、夏にやってくる入道雲の白さに合わせるように藍が数日前よりも濃くなっている気がした。

「あんな高いところでどうやって暮らしているんだろ?僕は高いところは好きだからいいなぁって思うけれど、怖がりな人は大変そうだね」
率直に言ったら

「高所恐怖症で苦労している奴をワシは知っておるよ」

やっぱりきちんと答えてくれたので、僕は声を上げて笑いそうになった。

けれど

頑張って口を押さえて我慢した。

太公望に寄りかかっている、草の青とも空の藍とも違った別の蒼が動いてしまわないように。


「すまんの。こやつも随分疲れているようだから、今日はさーびすだ」

「本当だ。すごい気持ちよさそうに眠ってるね」

「き、きも・・・っ!」

何だか、太公望が慌てている。


「どうして楊ゼンさんは太公望の隣で居眠りしてるの?二人は友達?でも太公望は楊ゼンさんよりエライんでしょ?楊ゼンさんが言ってたよ?どうして?一緒にサボってるの?」

「友達?エライ?一緒にサボリ?膝枕?」

「僕、膝枕なんて言ってないよー」

「あー、いや、そうだの。それはワシの妄想でありフィクションで・・・」

こういうのを「しどろもどろ」って言うのかな?

「ふぃくしょんって何?」

「いや、お主はまだ子どもだったな。もう少し大きくなればわかることだ」


そう言って、さっき地べたを叩いた手で僕の頭をポンポンと2回軽く叩いた。・・・折角、昨日洗ったばかりだったのになぁ。

こうやって質問をはぐらかされるのはよくあることなのだけれど、この感じは昔お父さんにされたのと似ていた。

その時はまだ母様は生きていた。
僕はその日の稽古で天爵兄様から一本取れたことをお父さんに伝えたくて、誰にも内緒で夜遅く帰って来るお父さんを待っていたんだ。

扉を開く音と母様の「おかえりなさいませ」の声がしたから、飛び出していった。

「お父さん、お帰りなさい!」

「て、天祥!?」
「あらあら」

何だかすごく挙動不審なお父さんといつもと様子が違うお母さんがいたんだ。

不思議に思った僕の「どうして」病が発病した。

「どうして、二人ともそんなに慌てているの?」

「何でもないのよ、天祥。お父様にご報告することがあるのでなくて?」

母様は朝歌一の美人ママの笑顔で僕に言った。

「いや〜驚いたぞ、天祥。うちはそんなオープンな家庭じゃないから、今度から出てくるときは気配を殺さないように!」

お父さんはちょっと引きつった顔で、何だかとても大きな声でよくわからないことを言った。

「おーぷん?って何?」

「天祥がいつか、大きくなったらわかることだな」

豪快に笑ってお父さんは僕の頭に手を置いた。


あれから僕の背は10cmは伸びて大きくなったけれど、今でもよくわからない。


おーぷんも
どうして空が青いのかも
ふいくしょんも




いつか、僕がお父さんくらい大きくなったら、わからないことなんてないって言えるようになるんだろうか?

それとも、太公望やまだ起きてこない蒼い人くらい年を取らないといけないのかなぁ?

















*)
ようやく、二人揃った太楊を出せました。(片方寝てますけど・というか太楊?楊太?CPものなの?深まる謎)
天祥の「どーして?」は子供の頃私が思っていたことです。
「自分で調べなさい」と私は返されました。
大人になってみれば当時の彼らの気持ちはわかりますが、言われた子どもは結構傷つくんじゃないかな?
ちなみに、親戚の子に同様の質問をされた時はテキトーに「神様が決めたのよ」と答えてます。
それはそれでどうなんだ、自分。

この話は当サイト内ではキーになるエピソードです。
天祥の視点ともう一人用意していますが、短編ではなく続き物に入る予定です。