青い春 某日早朝。 久しぶりに楊ゼンは剣の鍛錬をしていた。 「おはよーさ!楊ゼンさん」 素振りを一段落させた楊ゼンに声をかけたのは天化だった。 「おはよう。天化君」 「珍しいさね」 天化が楊ゼンの持っていた剣を指差した。 「あぁ、これかい?最近変化でばかり戦っていたからね。久しぶりに一から型を見直そうと思って」 「お手合わせ願うさ」 「宝貝でかい?だったらお断りするよ。莫耶の宝剣と三尖刀では勝負にならない」 「もちろん違うさ。これでどうさ?」 天化の持っているのは練習用の銅剣2本。 打ち合うこと5本。 「・・・なんか負けた気がしないのに負けてるさ」 「それはそうだよ。そういう試合運びをしたんだから」 悔しがるというよりも首を捻る天化の呟きに楊ゼンは苦笑しながら答える。 それにしても自分の10分の1くらいしか生きていない彼に3本もとられるとは思っても見なかった。実際に宝貝でやりあったらもう勝てないだろう。 「こっちが本気で仕掛けてるのにヒョイヒョイかわすんだからなー。あれはズルイさ」 「あははは」 「亀の甲よりなんとやら・・・さね」 「何か言った?」 「何でもねーさ。あっ、忘れるところだったさ」 何を?と楊ゼンが聞かないうちに天化は楊ゼンにフレンチキスをした。朝の挨拶という意味を込めて。 「あのね。朝から盛らないでくれる?」 「別に盛ってないけど。そんなこと言うならそっちの言うとおりにするさ」 「いいって、遠慮する」「遠慮はよくないさね」 このやりとりを2回繰り返した後、腕力で敵うわけもない楊ゼンはあっさりとこの朝2度目の口付けを許した。 しかも天化は先ほどの言葉で本当にやる気を出したのか、執拗に口内を侵略してきた。 「まぁ、いいか。久しぶりだし」 年齢に反して上手いキスに絆された楊ゼンは天化に流されっぱなしになりつつもその思考は余所にいっていた。 なんで、天化君はこんなにキスが上手いのだろう? 手馴れているわけではない。 その証拠に積極的に自分にしてくるくせにその直前になって少しためらいがあるのだ。 おそらく照れからくる躊躇が。 つまり、先天的なもの?だしかに武成王は子沢山だし。ってこの考え方っておやじくさい・・・! なんだか自分らしくない下世話な方向に思考が逸れてしまい自分を戒める楊ゼンであった。 恥ずかしがらずに大人しく受け入れてくれる楊ゼンに朝から天化は幸せな気分だった。 そして、天祥を朝のランニング(20里)のために起こしに行ってしまった。 一人残された楊ゼンは口元を押さえながらしきりに首を傾げていた。、 ある違和感に。 * 時と場所は変わって昼休みの城内会議室にて軍師太公望をはじめとした周の主要メンバーが昼食を摂っていた。 食器の音と咀嚼音、そして何よりも姫発や雷震子たちが交わす雑談が洪水となって室内を満たしていた。 そこへ楊ゼンが何気なく爆弾を投下した。 彼はまるで料理の味付けにコメントするかのような自然さで天化にこう告げたのである。 「天化君、禁煙しよう!」 「へっ?なんでさ?」 「キスの後味が悪い」 あっさりと放たれた台詞に喧々囂々だった周囲の者達は彫像のように固まる。 「そ、そんなこと今まで一言も言ってなかったさ!」 何つーことを言い出すんだと慌てる天化。 動揺する彼にも、ここが公衆の面前だという認識がすっぽり抜け落ちている。 ちょっとは気にしろよと二人に言ってやりたいその他周囲の人々であった。 「今まで気にしていなかったんだけど、今日、久しぶりにしたら気になったんだ」 「うぅ、最近してなかったからかね」 この年の差100歳以上のカップルの辞書にTPOという言葉は掲載されていないようである。 「とにかく。煙草は健康に良くないし、そもそも未成年の喫煙は法律で禁止されてるよ」 「ここは日本じゃないから関係ないさ。そんなこと」 片方の言い分に屁理屈で返したり正論で返したりを二人は繰り返してなかなか決着がつかない。両者一歩も譲らない状態だ。 「おーい、そんなオープンな家庭で育てた覚えはないんだが」 「子供もいるんだからそんな会話は外でやんなさいよ」 「ねーねー。何をするのー?」 「ていうか、今日って朝から!? 「乱れてる!風紀が乱れてる!!」 「若いのう。二人とも」 「ご主人は枯れすぎっス。お二人を見習うっスよ!」 「見習っていいもんなのか?」 騒ぎだす外野を締め出して二人の世界は続く。 「この面子で本当に殷を倒せるんだろうか?」 周の夜明けは遠い― *) 拍手から少し修正しました。 でも、オチなしヤマなしイミなしは変わりないですね。 外野のセリフは上から武成王、蝉玉、天祥、姫発、周公旦、太公望、スープー、雷震子です。 |