今となってはもう随分と昔のことだ。
思えば、あの頃が一番充実していた時期だったのかもしれない。
別に今に厭いてるわけではない。
ただ、去っていったものを惜しくなってしまうのは人のどうしようもない性である。




思い出話にうってつけの日




「昔は良かった」目の前にいるような若者と違って老いた我々はよく言う。そうすることで現実から逃れるのは簡単だが、思い出を繋ぎ合わせても暦は戻ってはくれない。
それでも、いやそれだからこそ、こうして私が若かった頃の話をせがまれると、快く応じてしまう。


「太公望は小柄な仙道らしからぬ道士でした。綿密な戦略と鮮やかな戦術。誰よりも戦争が上手でしたが、誰よりも流血を嫌っていた」

革新的な戦術とそれを実行に移すための軍を作り上げた手腕。
彼は心の広い人間だった。私など比べ物にならないくらい器の大きな人物だと悟ったのは出会ってすぐだった。


それと、崑崙山からやってきた仙道たち。
蓮から造られた宝貝人間
二本の剣を自在に操る剣士
蝙蝠のような翼を持った義弟

その中でもひときわ目立った青い髪の道士。彼は常に太公望の傍らにいて、よく太公望を補佐していたし監督していた。

「カントク?」
「太公望は仕事熱心とは言えなかったから」
「ふぅん」
「その点は先王もそうでした。よく二人は城を抜け出しては繁華街に”視察”に行っていましたよ」
「僕のサボリ癖も父上のせいかな?」
「あなたはかわいいほうです。よく私と彼はなかなか帰ってこない二人を愚痴りながら待っていたものです」

あれはいつだったか、夕焼けがとても美しかったことは覚えている。
人にもモノにも興味がなかったのにと過去形で呟いた青い道士が部屋を去った後に太公望はやってきた。
そして言ったのだ。青い道士の残した湯呑を弄びながら。


のぉ、旦よ。
あまり、あれに近づくでない―


軽口に混ざったその声は意外にも冷たく響いた。
私がその冷たさに唖然としていると、バツの悪そうな顔をして太公望は部屋を去って行った。

いつしか他の道士と剣を打ち合う彼を見つめる瞳の熱さで気づいた。

当初、私は太公望を博愛主義者だと思っていた。
等しく皆に心を配り、それゆえに誰かを特別扱いすることはない。だからこそ皆が心を許してしまう。
そうではなかった。
たった一人に対する執着が強すぎるだけなのだ。あれは一人を除いての平等なのだ。
そのことに明晰な頭脳を持っているはずのこの軍師は気づいていない。

なんということだろう。あんなに賢明な太公望がこんな、おそらく子どもでもわかることに気づかないとは。
執着とはここまで人を盲目にさせるものだと、その時初めて私は知った。
そして、ああはなりたくないと思ったのだ。




「さて、昔話に花を咲かせるのはそこまでにして仕事に戻りましょうか」
「感慨にふけっているばかりでほとんど咲いてなかったけれどね」
「やることは山積みで時間が足りないくらいです。いつも言っているでしょう。よく働き、この国の民のために生きよ、と」

今なら太公望の心が少しわかるような気がした。私も、もはやただひとつのことにしか執着していない。


あの時から時間が経ち、ともに国を建てた同志は次々と鬼籍に入った。小兄様などまっさきに逝ってしまった。残ったのは私だけだ。


この国が、輝かしい曙光の名残が少しでも長く続いていくこと。

それだけが叶う可能性のある願いだった。












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何、この周公旦率の高さ・・・!このサイトの作品の3分の1は周公旦でできていますっていうくらい高い・・・。
タイトルは「ジ○ングル・クルーズにうってつけの日」から