楊ゼンは人を頼らない。
必ず自分ひとりでこなしたがる。
それはまるで他者を拒絶しているように自分には映って、時々彼に意地悪をするのだ。






カプリオール






昼食を食べた後、部屋に周公旦と楊ゼンを呼んで会議をした。

「楊ゼン。兵の熟練度と訓練方法の相関、要塞に必要な資材と人員の数、それと今年の予想収穫高から軍に回せる食糧を計算しておいてくれ」

傍らにいた周公旦がぎょっとしたが、当の楊ゼンは平然としていた。

「かしこまりました。師叔、僕にこれだけ仕事をさせるのですから、あなたもちゃんと仕事して下さいよ」

あっさりと承諾すると書簡を抱えて、部屋を出て行った。


「太公望。あなたにしては浅薄ないじめをしますね」
「別にいじめてるつもりはないのだがのう」
「充分、イジメかと思いますがね。要塞の件はともかく兵士の訓練や食糧の計算は私達の仕事でしょう」
「そういわれると思ったんだが。あやつ、一度も口答えせん」

散文的な事柄には聡いのに、楊ゼンはこういった心理には疎い。

「まぁ、あの人は仕事が早いですから大丈夫かと思いますが、他の人にはしないでいただきたいですね」
「わかっておる。さて、面倒くさい仕事はせずにすんだことだし、ワシも仕事をするかの」
「私は小兄様を探して、こってり油を絞ってきます」



一人になり、今日の仕事にとりかかる。本当はサボっていたいが、ある程度進めておかないと最終的に困ることになるので必要最低限のことはしておいた方がよい。
既に楊ゼンによって用意されている資料と書簡を机に並べると、会議中に使った大陸の地図が目に入った。

資料と格闘し、書簡を仕上げながら、考える。

先日の魔家四将によって受けた傷の回復はどれくらいかかるか
兵の熟練度
食糧の不足をどう補うか
モラールは充分。
担ぐ御輿はもう少し、実感を持たせないとまずい。


朝歌の文字が目に入る。

向こうはどうでるか。
狐に聞太師に趙公明、背後の通天教主に十天君。

人間同士の戦いなら分はこちらにある。斜陽の殷国に食糧も人心の拠り所もなく、風はこちらに吹いている。
だが、仙道同士ではこちら側が不利な状況だった。

魔家四将に対してですら、てこずったのだ。
個々の実力だけでなく、連携も強めていかなければならないだろう。

要になるのはナタクと楊ゼン。
特に楊ゼンは自分の代わりに最前線で指示を実行する立場になるだろう。

先ほどのやりとりが思い出される。
もっとあ奴の人と為りを理解しないと、今は表面上うまくいっているが、後々に響くかもしれない。

筆で書簡を埋めていきながらも、思考を楊ゼンに向ける。

仙人界で唯一、術で宝貝以上の奇跡をおこせる天才道士。
道士といっても仙人の称号は持っていて、弟子を持つ気にならないからという理由で道士に留まっている。弟子を持つ気にならないというのは、自身の巧夫を積むことの方が大事で他人の面倒を見てられないということだろう。
大体、変化の能力からして他人を拒絶している印象を受ける。相手の姿と宝貝をコピーするあの力は重宝するが、同時に厄介なものだと思う。

いつか、楊ゼン自身が「僕が10人いれば、地球上の問題は9割方解決する」と豪語したらしいが、そう言えなくもない。
敵も味方も、その宝貝と能力は楊ゼンの宝貝と能力になる。
それは極端に言ってしまえば、他人を道具とみなすということか

楊ゼンが気に入っているらしい、妲己の変化はどうなんだろうか?
聞仲と対峙した時の申公豹の変化。
あれらは他人に成り代わりたいという変身願望か

おそらくその両方だろう。

他者の介入を異常なまでに嫌いつつ他者に引かれる。

天邪鬼かヤマアラシのような奴だ。



キィーン

金属同士がぶつかり合う大きな音がした。


何かと思って、眼下の中庭を目を移すと、そこには渦中の楊ゼンがいた。
正確には、楊ゼンと天化だった。


二人は訓練用の銅剣で仕合をしていた。

やや細身で刀身の長い剣を使っているのが楊ゼン。
厚みのあるしっかりとした剣2本を操っているのが天化だった。2階のここからでは声は聞こえないが、二人は楽しそうだった。

力強い、天化の剣は彼そのもので時にのびのびとしていて、だが計算も入れた剣戟を繰り返す。
2本の剣と天化の素早い身のこなしに楊ゼンは防戦いっぽうだった。

上体の最小限の動きで天化の突をかわすと片手もちにした長剣で反撃する。
が、予測していた天化の剣に受け止められ、逆にもう片方の剣で攻められる。

横薙ぎに肩を狙った剣をかわしきれず、肩布の一部が切れた。
青い髪が、ぱっと広がった。
風に乱される髪にもかまわず、楊ゼンは果敢に天化を切り崩そうと動いた。
細い剣を生き物のように操る様子は舞でも踊ってるように軽やかだった。



見ていてもしようがない、仕事にとりかかろうとした時に階下から声がした

「師叔!何さぼってるんですか。余所見してないでちゃんと仕事に集中してください」

今まで剣の打ち合いをしていた楊ゼンの声だった。

「おぬしこそ、昼間頼んだ件は終わったのか?」
「とっくに終わって旦君に渡しましたよ。この時間まで仕事が終わってないのは、師叔だけですよ」

言われて、空を見遣ればいつのまにか水色から橙色に染まっていた。


「まったく」

楊ゼンは呟いて、銅剣を天化に渡して中庭から去ってしまった。
3本の剣を持った天化は仕合を中断させられたと抗議して、晩メシがあるからと帰っていった。


また一人になって、残りの仕事にかかろうと椅子の向きを変えた。
その途端、また先ほどと同じ声がした。

「まったく」
楊ゼンだった。

「仕様のない人ですね。集中できるようにここで見てますから」
「・・・・・・お主はワシの監視係か!」
「そのペースでやっていたら夜になってしまいますよ」

心底、呆れたという表情で、楊ゼンは明日の会議の資料を整理しだした。



「桃が食べたい。茶が飲みたい。眠い。だるい」
「はいはい。終わったら、どこへ行ってもいいですよ」
「そんなこと言うんだったらお主がやれ」
「いやですよ。ご自分の仕事なんだから、最後まで自分でやってください」
「働きすぎのわしはいつか過労で死ぬ。おぬしには人を労る精神というものがないのか?」
「師叔が過労で亡くなることは北極にアデリーペンギンが現れるのと同じくらいの確率でありえないです」
「いや、わからんぞ」

「僕が補佐をしてるんですから、師叔が働きすぎで死ぬことはないですよ」

「お主・・・・・・」

もしかして、昼間の件は自分の思惑に気づいていて、それでも自分を気遣って仕事を引き受けたのか?

「無駄に時間使ってないで、早く終わらせましょう」

仕事を終わらせろ、ということは楊ゼンはそれまで見張って、いや、付き合ってくれるらしい。



「天邪鬼なのはワシか」

「は?どうかしたんですか?」




首を傾げた楊ゼンの困り顔は今までで一番親しみを持てた。












*)
ようやく太公望を本格的に出せました。封神で初の難産でした。太公望って難しい!
カプリオールは馬術の一種です。後ろ脚で背後の敵を一蹴する技。