Rolling in the deep






太公望師叔は大変お酒がお好きだ。



「―これ、楊ゼン。なぜに酒を遠ざけるのだ。もっと近くによれ」
「師叔、それでは悪代官ですよ。おやじくさい」
「うるさーい。よいではないか。もっと酒を持ってこーい」

今の師叔は先日の魔家四将との戦いで見せた頭脳明晰な軍師らしさなど微塵も感じられない、ただの酔っ払いだった。しかもとっても性質の悪い。原始天尊さま直伝らしき酔拳を披露することもあったけれど、近頃はもっぱら近くにいる人を捕まえてお酌をさせながら、からかい倒すのがお好みらしい。そして、大抵その相手は僕になる。

師叔の酒癖の悪さを知っている人たちはそっと師叔のギリギリ視界に入らないけれども声は聞こえるくらいの位置まで避難して傍観を決めこんでいた。

「あちゃあ、師叔が完全に酔っ払ってるさ」
「おーい。いくら俺でもあそこまでしないぜ。変化してない楊ゼンに全力で絡むなんておっかない真似したくないわ」
「太公望のやつ、串刺しにされるぞ」
「いや、さすがの楊ゼンも目上の太公望にはしないんじゃない」
「わっはは!元気なのはいいことじゃないか。太公望殿も日々の鬱憤が溜まっているんだろう。発散させてやろうぜ」
「武成王どの。よっぱらいの相手がただ面倒くさいだけなのでは」


師叔はお酒がお好きだ。いや、もっと正確に言うとお酒を召し上がって酔っ払って騒ぐのがお好きだ。これはもうアルコール依存症というものではないだろうか、というくらい最近の師叔はお酒を好む。
僕だってお酒は好きだけれど、純粋に味が好きなだけで、アルコールに酔うことはない。人間とは体の構造が違うのか、今までどれだけ飲もうが酔っ払うなんて失態を犯したことはなかった。僕がお酒に強いことは周知の事実で、宴会がある度にほどよくできあがった酔っ払いたちのしでかしたあれやこれの事後処理に追われている。

そんな事後処理班の僕に最近、新たな仕事が加わった。

それが現在進行形で行っている、酔っ払った太公望師叔のお相手だ。
普段から素面の状態でもお守りしているのに、宴会の場でもお守りとはすばらしい忠誠心だな、俺にもそういうやついないかな、と武王にからかわれたけど、僕だって進んでやっているわけではない。
でも、どんなに避けたり無視したりしても、師叔は僕を探しだして、中年の酔っ払いの体で僕に絡むのだ。
体質のおかげで、悲しいかな酔っ払いの対処方法は身についているので、適度のお酒を飲ませて静かになってもらえばいいのだろうけれど、相手は師叔だ。そこらの酔っ払いと同じに軽くあしらう、なんてできない。
目上の人だし、尊敬だってしてるし、そして何よりも口付けを交わす仲でもある人だ。


師叔は普段、口付け以上のことは求めてこないのだけれど、きっともっと先を求めているのかなと、こういうときに思ってしまう。
正直にいうと僕は師叔が僕の想いを受け取ってくださったことだけでも満足なのだ。さらに僕のことを想ってくれていたと知った時は天にも上る気持ちってこんな感じなのかな、と思ったものだ(僕は生まれてから大半のときを空の上で過ごしているけれどね)

僕は満足だった。
師叔が僕だけに茶目っ気たっぷりにしょうもない話をしてきたり、したり顔で説教をする僕をにやにやしながら聞いていたり、食事の際になにも言わないでも師叔のほしいものをとってさしあげて、さすがよのう、とほほえまれたり。
互いの想いを知ったとしても劇的に今まで積み重ねてきた日常が変わっていくものだとは思っていなかったし、それを望んだこともなかった。
互いの想いを知ってもしばらくは日常がつつがなく続いていった。劇的に変わったのは、そうだ、今年の桃が出回り始めたころだったかな。
ふとしたことがきっかけで僕たちは口付けを交わした。もちろん、お互い初めてのことだったと思う。
それから、師叔は肉体的な接触を好むようになった気がする。書簡を読むときの距離がとても近かったりだとか、廊下を一緒に歩いてときに歩幅をあわせようとしたり、最近では仕事中だというのに二人きりになるとついキスしてしまう。

本来、僕たちはそういう肉欲とは無縁の世界に身をおいているはずなのに、長く地上に身を置きすぎて、人間に影響されたのかな。
人間。
師叔は人間だった方だ。地上に戻ったことで、感化されて、本来もつはずだった肉欲が生まれたのだろう。
でも僕はちがう。口付けや抱きしめられることはいい。でもそれ以上を望む気持ちがまったくといっていいほど沸かない。師叔はきっと察しのよい方だから、僕の出自はともかく気持ちをわかってらっしゃるのだろう。
ギラギラした目で僕に口付けるのに、それだけで済ませて交わした後はあっさりと僕を解放してくださる。
僕は申し訳ないと思いながら師叔のご厚意に甘える。
僕はまだ師叔に対して秘密を明かしていない。まだ伝えていない、いつ伝えればいいのかと迷いつつ伝えられない僕の出自。
自分の出自をこれほど疎ましく思ったことはない。こんなに完璧に化けているのに、それでも僕は一度として自分が妖怪であることを忘れたことはない。
師叔に対して隠し事をしているのに、仙道である師叔にこれ以上、僕のせいで肉欲に穢れてほしくなかった。

それなのに、師叔はお酒をのんで酔っ払うと僕の元にやってきて、いつもよりずっと体を近づけてくる。そうしてアルコールに蕩けた目と声で必ずささやくのだ。
「おぬしは本当にうつくしい」
壊れ物を扱うように僕の髪を梳くときも冗談ぽく体をなでるときもずっと。
「こんな美しいものをわしは見たことがない」

ねぇ、師叔。ほんとうに僕はうつくしいですか?ほんとうの妖怪の僕はあなたが褒めてくださる蒼の髪と瞳も白皙の肌も持ってはいないし、あなたを抱きしめたら、きっと爪で傷つけてしまう。
そんな姿でもあなたは今してくださっているようにうっとりと囁いてくださるのでしょうか?

そんなことを思いながら、僕は今夜も酔った師叔の相手をする。


いつか胸の奥底に渦巻いているこの思いを師叔に気づかれることを恐れながら。











ブログにあげていたのですが、加筆修正してさらにタイトルも変えてupしなおしました。
私は受け側がザルな設定の方が萌えるみたいです。
みんな酔って気分よくなってるのに、一人だけ変わらなくてハッチャけられないのがもどかしくて酔っ払えるのうらやましいくらいにおもってるんじゃないかなと。