I set fire to the rain
ザァザァと雨音が部屋に響く。
気休めになるかと窓を開けてみたが、予想を裏切らず外は相変わらず雨だったのですぐに閉めた。
周全域ではここ一月ほど雨が続いていた。
朝歌への進軍の準備がこれからという時に長雨は厄介なものだ。
兵の準備と同じくらい兵糧の準備もしなければならないのに、この天気では作物は育たないし訓練も進まない。
雨が止んでくれないと、こちらとしてもやることがないのだ。
だから、こうしてこの部屋で楊ゼンと打ち合わせをした後、二人でなにをするわけでもなく暇を持て余しているのである。
そして気づいてしまったのだ。
このシチュエーションが非常にまずいことに。
手をのばせば触れられる距離に楊ゼンがいるのだ。
しかも、香をたいたのか楊ゼンからはなんともいい匂いが漂っている。
楊ゼンとは先日思いが通い合って口付けを交わすまでになっていた。
そういう仲の人間と狭い部屋二人きり。手をのばしてその肩に、髪に、思う存分触れたいと思う衝動にかられた。
いくら暇だからとは言え、昼間から不埒なこと(といってもこの二人のすることはキスくらいなものだが)をしてもいいものか?
太公望は悩んだ。
悩んだ末、この衝動を耐えることにした。
できることなら、この雨を燃やしてしまいたい。
煩悩を消すように、普段なら一番に敬遠する書類作成に精を出すことにした太公望であった。
*
The game you play, you would always, always win
お茶に誘われた。
とくに予定もなかったし、お茶うけとして僕の好きなお茶菓子も添えられていたので断る理由はなかった。
でも少し、素直すぎるかなと思って軽口を叩いて見る。
「今日は資料整理をこれからする予定だったけれど、まぁ君が言うなら付き合ってあげなくもないよ?」
「資料整理ならあとでやればいいな。ていうか、そんなのほかのやつに任せて一緒にさぼろうぜ」
あっさりとかわされてしまったので、もう一言言ってやろう。
「べつに僕はさぼってないよ。サボってるのは君だろう?パトロールはどうしたんだい?」
「ばれたか!」
大げさにリアクションをとって苦笑した。
親父くさい言動に反して、帽子の下から見える笑顔は少年のようだった。
「君たちのシフト表に最終的にハンコを押すのは誰だと思っているの?」
「へぇへぇ。教主さまです」
「で、どうすんの?」
「君がどうしてもっていうなら、御呼ばれしようかな」
答えが決まっていることをわかっているくせに、お互い思ってもないことを言い合う。
こういう軽口の応酬をよく彼とするのだけれど、僕はこの時間が心地よくて気に入っている。
*
It was dark and I was all right until you kissed my lips and you saved me..
ザァザァ
さざなみのような音がする。
最近は随分、雨が続きますね。
しとしとではなくザァザァとさざなみの様にも聞こえる雨音
「こんなに雨が長く続いては天祥くんやナタクは外に出られなくてたまりませんね。天化君もそろそろ太陽がそろそろ見たいってこぼしてましたし」
ちらりと僕は打ち合わせが終わって以来ずっと机に向かっている師叔を見る。
何がお気に召さないのかわからない。思ったように兵士の訓練が進まないこと、作物の成長がよくないこと、川の氾濫に堤防の決壊。そのせいで地方から来る書簡が遅れていること。その他もろもろ、原因はたくさんあるのだろうがとにかくこの天気が悪いのはたしかだ。
師叔が何もされないから僕は手持ち無沙汰だった。
いつもは打ち合わせ後の書類作成を嫌がって僕に押し付けようとするのに、黙々とそれをこないているのだ。まるで僕がいないかのように。
「ねぇ、師叔。僕、雨ってそんなに嫌いじゃないんですよ。
昔、師匠のところに来たばかりの頃でしたかね。今日みたいな天気の時があって、師匠は僕が雨に濡れないようにして抱えてくださったことがあって、それがすごく暖かくて、あぁ僕は守られているんだなって幼心に感じたんです」
「お主が幼い頃の話をするの珍しいな」
思えば、子供のころの話なんてお互いしたことがなかった。
「こんな雨の日はその時のことをよく思い出すんです。師匠、どうしてるかな」
「このファザコンめ」
と師叔が面白くなさそうに呟くものだから僕は声を上げて笑ってしまった。
最近、またひとつ雨がお気に入りな理由が増えたから、師叔にも教えて差し上げようとそっと近づいた。
「まるでこの世に二人だけみたいじゃないですか?」
少々歯の浮くセリフだ。
言ってみて、これでは僕が師叔を口説いているみたいだと気づいた。
部屋には僕と師叔だけで、いつもは聞こえてくる訓練する兵士の声や天化くんや天祥くんの賑やかな笑い声、武王や周公旦が廊下を行きかう慌ただしい足音すらない。
いまこの部屋にある音は僕の声と雨音だけ。
そして師叔は無言。
僕は自分で言った言葉がだんだん恥ずかしくなってしまった。
―だから、そんなに機嫌を悪くされないで下さいよ
と続けようとしたけと、師叔の様子がおかしい。
師叔?顔が赤いですよ?どうかしました?
「反則だ」
え?
「お主、それは反則だぞ」
「反則って、どういうことですか?」
「あぁ、もういい。訊くな。黙っておれ」
「もしかして、師叔、照れてます?」
返答はないけれど、それこそが答えだった。
あの、師叔が!僕の子供のころの話で師匠に妬いて(しかもファザコンなんて言葉で悪態をつくなんて)、さらに僕の気障ったらしいセリフで顔を真っ赤にして照れているなんて!!
お腹を抱えて笑いたかったけれど、それは失礼だ。笑いを噛み殺すようにクスクスと笑っていたら噛み付くように口づけされて押し倒されてしまった。
*
Sometimes I wake up by the door, now that you've gone, must be waitinig
for you.
Even now when it's already over. I can't help myself from looking for you.
あれから起きたたくさんの出来事のせいで僕は雨が降ることを手放しで喜べなくなってしまった。
思い出すのは温かさに混じった後悔と懺悔や憎しみ。
でも、それらが通過した後、最後に残ったのは―
あの音がする。
ザァザァとさざなみのような、雨の音だ。
思わず窓を開けたけれど、窓の外には青空と竹林が広がっていた。
雨音だと思っていたものは竹の葉が擦れ合う音だったのだ。
それもそうか、と苦笑する。
下界にいた頃は正確な天気を予測することはできなかったが、ここは蓬莱島だ。
人口の島で突然の雨など起こらない。
ここ1週間は晴れの設定で承認したばかりだった!
「どうかしたのか?」
韋護くんに聞かれた。
僕が何に心をとらわれていたかわかっているような口ぶりだった。
「なんでもないよ」
それ以上介入されたくなくて、僕は作り笑いで応じた。
「ただ、雨が降っていればよかったなって思ったんだ」
<終>